第13話

戦場には不釣り合いな少女は焦燥に駆られていた。

激しくぶつかり合う戦いの音色。とても圧倒的な兵力を以って挑んだ戦に思えない。接戦である。

戦場を駆け抜けるあの一陣の紅い風が、今日は凪いでいるのもこの接戦の原因の一つだろう。

紅騎将は彼女の憧れだった。王国の誇り、武の象徴。幼い頃、ソルと二人で、まだまだ若く活力に満ちたクラウスに頭を撫でてもらったことがあった。今でも忘れられない。

優しさ、強さ、人望、全てを兼ね備えた紅騎将。その紅騎将に、兄同然で、しかしそれ以上に慕っていたソルが就くことになった。

置いていかれた。そう思ってしまった。それから数日後、シーナはソルを追いかけるようにリンドヴルム王国軍に入ることとなる。国の英雄となった彼の隣にいるには、強くなるしかない。不器用な彼女なりの答えだった。

七勇将に選ばれたのはそこから僅か二年。

武の才に恵まれたわけでもなければ、身体も年相応の女性らしい華奢なものである。王国の武人たちに問えば、勇将一の努力家は百人が百人シーナの名を挙げるだろう。それほどの努力を彼女はしていた。

それに加え、類い稀な力が彼女に目覚めた。もはや七勇将に選ばれぬ理由がなかった。彼女はその一途な想い一つでソルの隣に必死にしがみついてみせたのである。


そして今。危機など毛ほども感じさせなかった英雄が、命を脅かされている。ここで助けられなければ、七勇将になった意味はあるのか。努力した意味はあるのか。

せめてもの救いといえば、ヴァイスが前線を引かなくてよかった。指示に従えた自信がまるでない。


「者ども矢の雨を止めるな! 敵の後衛を黙らせろ!」


それでも焦燥は拭えない。

しかし、自分は兵の命を預かる将の立場。

感情を殺して号令をかける。ヴァイスからギリアムに代わった前衛の後詰めとして、敵後方の支援を直接攻撃する長弓兵隊を指揮するシーナの部隊には全体の戦況を把握しにくい。


「第二射撃隊、射角を上方に2度修正! 第一と第三は攻撃の手を休めるな! お前たちに代わって前線で奮戦する全ての友のために! 我らの働きにこそ彼らの命を守る力がある!」


しかし、それでも、自分にはソルを救出するために単騎で突っ込むような真似は出来ない。それをするには実力が足りないと知っていた。

自分は将として正しいことをしている。そう分かっていても情けなさに涙が出そうだった。本当なら、すぐにでも駆けつけたいというのに。


不意に、肩に手を置かれた。


慌てて振り返ると、そこには白髭バルトがいた。


「出来るか出来ぬかではなく、その衝動に身を任せるもまた、若さよの」


全て見透かした一言だった。

気がつけばシーナは馬を駆っていた。

背後から大声が聞こえた。


「皆、聞けい! お主らの将は紅騎将を救いに勇敢にも単騎で向かった! 勇将の下に弱卒無し! シーナ・カーバンクル麾下の兵どもよ! その名に相応しき奮戦を見せるがよい! のう!」


あんな身体のどこから出ているのかわからないその号令と、自分の配下たちの力強く応える声に勇気づけられ、シーナはまた速度を上げた。




「叛意有りと報じられたコーマ隊と衝突したタリム隊は連絡が取れず、それに対してヴァイス殿下とクラウス殿が物見へ。ギリアム殿が中央戦線を指揮し白髭殿が後詰めについた途端、敵を押し返しつつある。そして依然紅騎隊は包囲を抜けられない。それの救援にはシーナが単騎。一見無謀だがあれでもかなりの使い手。戦況を変え得る」


サイガは盤上に絵を描くように白石と黒石を並べ、顎に手を当てる。


「皮肉にも御身が今の頭痛のたねだが、その身を投げ出したヴァイス殿下のご判断は、戦況全体だけを見れば正しかったといえよう。賽は投げられた。ならば、重要なのはいかに早くこの戦を終局に持っていくかだ」


手を思案する。あるにはあった。

それはこの盤上の黒石の地を白く塗りかえる手。だが、時機でないと感じる。

策はタイミングであるというのが彼の持論だった。同じ策でも時にこけおどしにしかならず、時に一手で敵を壊滅させ得る。

彼の今の懸念はただコーマ隊タリム隊のいる戦場左翼側だけだった。

そんな彼の心の静寂を乱さんばかりに大声で伝令が戻ってきた。


「伝令! コーマ隊及びタリム隊の人員は壊滅状態の模様! 大量の死人が異臭を放っており、危険と判断し遠距離からの目視で戻って参りました!」

「君がここを発ち、戻ってくるまで、思ったよりも時間が経っているな」


伝令の内容を意にも介さぬようにサイガは左翼の黒石を握る。

元の位置よりやや、左に再びパチリと打った。


「実際の位置は此処だ。やはり誘い出しを狙っているようだな」


捨て置くことは出来ない。そこに何かがいるのなら、ヴァイスの身が危ないのは明白であった。


「否、もはや迷う理由はなくなった。伝令だ」


サイガは白石を力強く掴む。


「我が第二小隊へ。状況4のフェーズ5と伝えよ。他の小隊には、状況4のフェーズ6、全体左翼へ修正と伝令」

「はっ! ただちに!」

「さて、此処からが戦の本番よ」


バチンと電光が弾けるような音を立てて、サイガは黒地の後方に白を打った。

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