第12話

ギリアムは隊の兵を引き連れて汗を滝のように流しながら戦場を疾駆していた。豪傑の証のようなその巨躯を支える愛馬スカサは寡黙な馬で、本来は決して速い方では無いが丈夫が自慢である。走り通しでも悲鳴一つ上げず主の望むままスピードを上げていく。

サイガの伝令に従い敵中枢へソル紅騎隊の救援に駆けつけその脱出口を開こうと奮戦していたのだが、音に聞こえし紅騎兵と互角に戦えているのだという敵兵の意識とそれに伴う士気はギリアムの予想をはるかに上回っており、手こずっていた。そんな折に次はヴァイスの護衛が指示されたのだからギリアムは休む間も無く馬を返したのである。

ギリアム・オーガという男は軍師、軍司令官といった立場の指示に従順な男である。彼の豪快で一見粗暴にも見える立ち居振る舞いから誤解されやすいが、彼は自身の知略の「無さ」を正しく自覚している。考えも柔軟で、智恵の優れた他者を頼ることを厭わない。プライドの高い王国の戦士でありながら出来ないことを「出来ない」と言える男であった。また、策を巡らせ謀略を成すのは苦手でも、兵を鼓舞し指揮するのは上手い。一人の武人としてはソルに劣るが、将としてはソルにも勝ると評する者もいる。


「ヴァイス殿下! 御無事か!」


自部隊を率い、ヴァイスの下へ急行する。彼の麾下は紅騎兵とは違う。ここまででギリアムについて来れずいくらかが落伍していた。それでも相当数を引き連れ現れたギリアムの姿に、ヴァイスはクラウスと共に驚愕して彼を見た。


「ギリアム! 早かったな、ここへ向かっていると伝令が来たばかりなのに!」

「誤報が無いようで何より。クラウス殿がついておるから大丈夫じゃとは思っとりましたがね。さ、ジーク殿下のおる本隊近くまで引きましょうや」


ギリアムが汗を拭って笑うと、ヴァイスは歯切れ悪く口ごもった。ギリアムが首を傾げると、クラウスが代わりと言わんばかりに口を開いた。


「ヴァイス殿下は、先ほどから自分がコーマとタリムの下へ行くと仰せなのだ」

「な、何を申す! 殿下、御身が狙われているかもしれんのですぞ! それに大督将の指示ではシーナ嬢と白髭殿が現場に向かうはず!」

「ギリアム。私は、この前線部隊を退くべきではないと思っているのだ。ここを退くのは、私の命を優先した策であろう? それはこの部隊とソルを含む紅騎隊を見捨てるのと変わらぬ。とすれば、ここを抑え、むしろ押し返せるのは私でもクラウスでもなく、まさしく剛毅そのものであるお主だ。お主の隊に私の隊を合流させ、私はクラウスだけを連れて物見に行く。後詰めのシーナの隊とバルトの隊も残す。今は何よりもこの戦線を片付けてくれ」


ヴァイスの言うことも理解はできる。敵の勢いも衰えぬ今、戦線を引けば少なくない被害が出るのは明白。いくら精強と名高いリンドヴルムの兵も、指揮官が自分たちを見捨てて自分だけ本陣に戻ったとなれば士気を保つことは不可能だ。ギリアムには状況を打開する自信があった。守勢の戦況は、未だ少ない経験の中でも得意であると自覚していたからである。

しかし、それは大督将であるサイガの策をヴァイスの指示とはいえ独断で無視し、そのヴァイスに命の危険を与えるものだ。

ギリアムは逡巡する。

彼は考え事の苦手なその頭でひたすら考える。

このままクラウス一人の護衛で物見に行かせる危険と、サイガの策によってこの前線を引く危険。

王国にとってはどちらが危機であろう。


「……クラウス殿、くれぐれも殿下をお頼みいたす」


結局口から出たのはその一言であった。何故かと言われても合理的な理由などなかった。けれど彼の経験は、この戦の勢いが敵にあり、このままでは敗北もあり得ると警鐘を鳴らしていた。

クラウスは確かに老体だ。が、彼は必要があれば命を投げ出すことができる男だ。ヴァイスを命懸けで守ることに疑いはない。

力強く頷いたクラウスとヴァイスのあっという間に小さくなっていく姿を見送ると、その様で動揺している兵たちに向かって吼えた。


「よく聞け貴様ら! これよりこの隊はこのワシが指揮を執る! 今この時より我らはリンドヴルム王国軍の鉄壁の盾ぞ! 身の傷を恐れず名の傷を恐れよ! 我に続いて蛮族共を蹴散らせい!!!」


覇気に満ちたその様子に兵士たちは大声で応える。

背負っていた巨大な戦斧を振り上げ、兵に整然と道を開けさせたギリアムは自ら部隊の最前線へと駆けた。

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