第11話

数秒、ジークの思考は停止した。


「まず敵の虚報を疑え! この私の部隊から10名直接物見を送る!」


瞬く間に部隊へ走った激震をその一言で封殺する。いつまでも呆けていたら総大将とは言えない。そもそもあの多くを語らず忠実に命令をこなす黒づくめは妻子もあったはずだ、裏切りなど考えるだろうか。

落ち着け、と自分に言い聞かせる。混乱が起きるのは戦の常だ。敵は少数。必ず策を弄してくるはずだった。

いっそ自分の部隊を動かすか?

駄目だ、それこそ敵の思う壺の可能性が高い。

父ならばどうするだろう。

当然動かないはずだ。

大将首の自分が何かの拍子に討ち取られればその時点で敗北だ。


ーー敗北?


つい先ほどまで想像すらしなかったその二文字が脳裏を過る。


剣を抜いた。父から授かった王国の宝剣である。

磨き抜かれたその輝きを見つめる。

不思議と心が落ち着き、その剣に映るジークの瞳が、黒から紅色へと変わってゆく。

弱気な己を斬り伏せるようにくうに一太刀を浴びせ、落ち着き払った様子で剣を鞘へと戻した。






「馬鹿なことを言うな! コーマは御前試合にさえ私が推薦した王国の優秀な武将だ!」

「し、しかし! コーマ隊とタリム隊が衝突しているとの報告もありまして!」


伝令を一喝したが、信用の出来る者を行かせた手前、全てを否定は出来ない。サイガは静かに顎に手を添えた。もし事実としてぶつかっているのがあの頼りないタリムでは長く持たないかもしれない。


「ジーク殿下より献策せよとのお下知にございます!」


ジークの下から来た早馬を聞きつつ、頭を回転させる。こんな時に対処出来ずに何が大督将か。

ジークは落ち着きながらも好転しない戦局に焦れているのだろう。彼は若いが愚かではない。コーマ裏切りの報を今頃は聞いていようが、偽報を疑うはずだ。先走ることはしないだろう。

戦場の地図を広げ、黒石と白石を並べながら思案する。

このサイガ隊は戦場後方に布陣し、しかし大半を戦場のある地点に伏兵に向かわせていて少数。

敵を右翼側から突いた紅騎隊は敵本隊の只中で硬直、後方のジーク本隊は安易に動けず、左翼側に向かったはずのコーマには謀反の噂が有り、タリムはそれと交戦しているらしい。

敵本隊と正面から交戦しているのは数の多いヴァイス隊。

その後詰めにシーナ隊と白髭バルト隊。巨体の猛将ギリアム率いる隊は遊撃隊として使っているが今は脱出の機を逃した紅騎隊の救援に右翼側から向かっている。

こういう時、初陣故に不慣れなヴァイスは混戦している場にいる以上、クラウスがいるとはいえ刺客を向けられれば万が一もある。


「ギリアム隊に対してヴァイス殿下の下への合流を指示せよ! 今の様子なら紅騎隊はそうやすやすと壊滅せぬ! そのままギリアム一騎を護衛に付け、殿下は本隊近くまでお下がり頂く!」

「こ、コーマ隊は如何しましょう……?」

「白髭隊とシーナ隊を合流させコーマ隊へ急行させろ。シーナが隊長で白髭殿が副長だ」


若く勢いのあるシーナが素早く駆けつける。事態の収拾には計3000弱の兵を使える。思慮深いバルトを補佐につければ安心だ。仮にこれで収まらずとも仕切り直しにすればこちらにはまだ無傷の本隊がある。

孤立無援の紅騎隊は兵を失うだろうが仕方が無い。王家の血だけは流してはならない。戦場を経験したいという本人の意志があり、隊の後方に控えて動かないことを条件づけたとは言え、こうなってはやはりヴァイスを中央戦線に置いたのは失策としか言えない。


「ジーク殿下の元には私が向かう。敵にはここに私がいないことを悟らせるな。いかにもそれらしく狼煙だけ上げていろ」





戦場の屍に囲まれた男は不敵に嗤う。

紅騎隊の精強さは予想を遥かに超えていたが、ソルを足止めしていると言う客将は嬉しい誤算だった。

男は静かに口角を上げる。

鍵はジークとヴァイスだ。

彼らを暗殺すればどんなに敵が強かろうとこの戦は勝ちだ。

正念場はここからだ。

ここに最も早く急行するのはいずれの将か。それを破らねばこの賭けは成らない。

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