第10話
グラウルングとゲイル、二頭の馬が鍔迫り合いのように首を交わす。
馬上で止むことなく轟くは鉄の悲鳴。
防御に構えたラルフの剣の
僅かな幅しかないそれ。
ソルが正面から正確に突いていた。
雷撃の墜ちるが如く。
剣にヒビが走る。
その一瞬の違いである。
ソルは勝利を確信した。
ラルフには些末なことであるにも関わらず。
構わずソルに襲いかかる凶刃。
常人なら隙にもならぬはずだったその間。
僅かに遅れた反応の間に、
ラルフの刃が、届いた。
肩から噴き出るソルの血液。
折れて舞い上がるラルフの剣。
しかし、ラルフは石のように動けない。
自身の左脇腹に突き刺さる、紅槍のために。
ソルの隙を埋めたのは相棒である名馬グラウルングだった。
グラウルングがラルフの斬撃から僅かに距離を取り主人の致命傷を避けると、それに応じたソルは思考なく反射でラルフの脇腹を投げ突いたのである。
ラルフは高笑いを上げる。
紅槍ブラッドリーを無理矢理引き抜いて投げ捨て、
愛馬ゲイルの背に乗せた鎧の一部を外すと、
折れた剣でゲイルの
その葦毛で自身の傷口を縛りつけた。
その間にグラウルングはゲイルの横をすり抜け、ブラッドリーを蹄で跳ね上げ、ソルがそれを受け取る。
ほんの僅かな時間に凝縮された武の頂上たる戦い。
人も。
馬も。
草木や鳥や空に浮かぶ雲でさえも。
ただ黙って固唾を呑んだ。
紅騎兵たちはこの場から脱出することを忘れ、レオーネ兵たちもそれらの首を取ることを忘れていた。
「ここへ来てよかったぜ、紅騎将」
「認めよう。貴公は我が好敵手たり得る力がある」
両者に「戦場で出会わなければ」などという陳腐で有りがちな想いは露ほどもない。
違う出会いであっても、己は目の前の好敵手と決着をつけずにはいられなかったであろうという確信がある。
それが武人。
「最強」というたった二文字に命をかけて挑み続ける、強者の性。
「一つ問う。貴公の武は誰が為のものか」
一合。
「何者のためでもない。言わば自由のため。最強とは是即ち生死のしがらみすら超越せし武」
二合。
「その武は在野には惜しきもの。王国は強者を優遇する」
三合。
「嗚呼、つまらんことを言うなよ」
言葉を交わしながらも互いに手を止めることはない。ラルフはため息混じりに苦笑する。
「強者には華がある。が、強者の群れには虚栄しかない」
「虚栄ではない。王国の戦士たる誉れだ。最強とは是即ちただ誉れのために負けず死ねぬ武」
「誉れを語る者は死兵とならず。勝つを当然と考え、多勢で押し寄せるは美しくねェ」
「惜しい男だ」
まるで身体から流れ落ちる血液が止まったと錯覚しているように、ソルとラルフ、二人は平然と構えた。
無双は二人要らぬとばかりに。
ジークは舌打ちをしてサイガの陣に伝令を走らせた。
敵陣に斬り込んだ紅騎隊が硬直してからの敵軍の士気が予想以上に高い。
苛立ちを兵に見せるべきでは無いと頭を冷やし、考えを巡らせる。戦場中央の混戦も激しく、こんな時こそ状況を正しく理解しなければならない。
そんな時であった。
「申し上げますッ!!」
慌てているのか、転がり落ちるように下馬した伝令役は先ほど送った者とは違う。他の陣から来ているのだ。
伝令が叫ぶように報告した。
「コーマ・ヨルムンガンド様、敵軍に寝返りましてございます!」
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