第5話
その日、王都では盛大に出店が軒を連ね、紙吹雪が舞い、楽隊の演奏が響き渡っていた。
秋の気配が濃くなり始め、自由レオーネと言う人族との戦を目前に控えた王国軍の壮行祭である。
覇権国の祭事であるため、同盟国であるニーズヘッグ帝国、従属国の筆頭格フェニックス公国、大陸最多の信徒を有するオーベロン教会と言った大陸でも有力な国や組織の重鎮達が訪れており、太陽の国という異名に相応しい盛り上がりを見せている。
そんな中、ジークは供回りも連れずにレイと二人で祭を楽しんでいた。
「しかし派手な祭になったな。壮行祭と言っても相手は国力に圧倒的な差もあるレオーネだ、ここまでするのも大事とは思うが」
「東の公国との国境沿いの砂漠の民とか、一部の反乱軍の鎮圧くらいはあったけれど、本格的な戦争は本当に久しぶりなんだもの仕方ないわ」
「東が終わったら次は南東とはな。全く忙しい」
「で、殿下! 姫殿下も此方においででしたか! やっと見つけました……」
世間話しつつ屋台の食べ物を楽しんでいた二人の前に、気弱そうな糸目の青年が近寄ってきた。
ちっ、と小さく舌打ちしたジークの前で青年は傅く。
「と、供回りには私をお連れ下さいとあれほど……」
「悪かった。だが、お前たちもお前たちだ。無粋な真似を」
「わ、わた、私もクラウス様のご命令で仕方がないのです……」
「タリム! お前は国の柱石たる
「は、ははっ! 申し訳ございません!」
言を交わせばあっという間にへりくだってしまう気弱な彼は、王国が誇る七本の柱たる七勇将の一人。こうして会話していると全く意識出来ないが、老年の七勇将が二人退役したのに合わせて、出自を問わず行われた新たな勇将を選出するための御前試合で優勝した猛者である。地位、名声、力を全て王国から保証された最強の将軍の一角がこれではと、ジークを始め多くの者たちの頭を悩ませている。
「実力は申し分なしなのだ、もっと胸を張れ。お前の顔に泥は塗らん。これより城へ帰るまで護衛せよ」
「は、ははっ! 仰せのままに!」
溜め息混じりにジークがレイへと視線を送るが、レイは優しげな笑顔のままで頷いてみせた。なんだかんだと城を抜け出して半日ほどは楽しめたのでこれ以上は我儘かとジークも納得することにした。
「ヴァイス様、困りますな。あの二人に何かあってはどうするのです?」
王城の一室ではヴァイスが壮年の男性の前で小さくなっていた。将軍たちの目を引きつけてジークとレイを城外へ手引きしたのがバレてしまったのだ。
軽い気持ちだったのだが、国外からも人が増える今日に限ってはピリピリしている者も多くおり、その代表格に捕まってしまっていた。
「すまない、クラウス……」
「ヴァイス様がジーク様や姉君を大切に想っていらっしゃることは存じております。しかし、なればこそ心を鬼にせねばならぬ時もあるのです。次代の王佐として必要なのはそうした資質でございます」
男の名はクラウス・ズラトロク。
クセ者揃いの七勇将をまとめ上げる筆頭にして、ソルの前任の紅騎将である。性格は厳格にして実直。戦場では鬼神の如しと評され、どんな敵にも手を抜かないという敬意を払う。数多いる王国の武官の範である。
「まあまあ、殿下は未だ初陣もせぬ優しい御仁。そのくらいにしてやろう、のう?」
そんな男に詰め寄られて萎縮し切っているヴァイスに助け舟を出したのは、杖をついた好々爺然とした老人、バルト・アーヴァンク。白髭殿のあだ名通りの長い顎髭を撫でている。
歴代最年長の七勇将で他国と変わらない国力しかなく群雄割拠の世であった先代筆頭の時代から戦場に立ち続けた猛将である。国王リヒトの指南役も務め、得意の弓術では暴れ牛の上からでも的を射た程の腕前。若くは悠然と聳える山のような余裕から泰山のバルトと称賛され、老いて尚その指揮能力は冴えている。
「白髭殿、某とて殿下を虐めたいわけではないのです」
「承知しておるわい。そうではなく時計を見ぃ」
壁の時計に目を遣ったクラウスははた、と気づいた様子でヴァイスに頭を下げた。
「これは御無礼を、殿下。お時間にございます」
「叔父上、陛下がお呼びなのだったな」
渡りに船とはこのことと言わんばかりにヴァイスは声を明るくしながら頷いた。
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