第4話

武将たちの食堂をあとにして王と親族のみに許された広間に入る。部屋の中央に鎮座している円卓にはやはり豪勢な食事が並んでおり、入口から見て真正面の席には既に、リンドヴルム王国国王、リヒト・リンドヴルムが座していた。いつも通り、黒々とした立派な顎髭を弄りながら、口髭の下で温和そうな笑みを浮かべている。


「待ちくたびれたぞ、息子たちよ」

「ちらと食堂を覗いたところをソルに捕まってしまいまして。お待たせしました父上」


ジークが一言返しながら着席し、ヴァイスとレイもそれに倣う。

空席は二つ。リヒトの右隣はヴァイスとレイの実父、ソーマ・リンドヴルムの席。左隣はジークの亡き母、スカーレット・リンドヴルムの席。リヒトは明朗かつ穏やかな性格の王であるが、この食事の時には彼の心の埋まらないものを見せつけられているようで三人はいつも心がちくりと痛んだ。


「さて、腹も空いたし早く食べよう」


リヒトはそう言って笑い、焼いた鳥肉に口をつけた。




いつも食事時には何でもないような話を二、三する程度で、基本的には皆静かに食事を取る。王家では当たり前のことだったが、さっきの武将たちの食堂を見た後だとどこか寂しく味気ない食事のように感じるヴァイスである。


「そういえば」


そんなヴァイスの心中を察してかヴァイスに顔を向けたのはリヒトだ。


「ヴァイスの初陣ももうすぐだな」

「……はい」


どこか歯切れの悪い返事をしてしまったのは不安故だろうか。ヴァイスはその問いには否と答えられるはずだった。


「ヴァイスは戦争が嫌いだものな」


リヒトからの想定外の言葉に心臓を掴まれたように息が詰まった。


「叔父上に隠し事は出来ませんね」


昔からリヒトには「こういうところ」があった。人の思考や行動を読み取るのが上手いのだ。


「私は強くなりたい。いずれ王となる兄上と並ぶに相応しい武人になりたい。私自身に戦う覚悟も出来ております。けれど、わからないのです」


遂に食事の手を止めてしまったヴァイスに、ジークやレイもヴァイスの顔を伺った。


「リンドヴルム王国を叔父上が作られ天下静謐てんかせいひつが成ってから平和は30年続きました。しかしその間に自由レオーネはただの商人集団から国となり、続いた秩序を壊してでも我らに反旗を翻しました。無力な人族の国の何処に我らの王国と戦う力があるのでしょう。何故、勝てぬとわかるはずの相手に挑むのでしょうか」

「勝てぬと知らんのだろう? 殆ど我らと同じ姿をしていながら、もちろん例外はいるが、多くの人族は龍族よりも脆く、愚かな種族だ」


鼻を鳴らしてジークが答えるが、リヒトはそれをやんわりと手で制し、ヴァイスの問いに答える。


「私は人族を愚かだとは思わない。彼らは我らと違い、弱き者故に他者を思いやり、助け合い、より良い世界について常に考えている」

「より良い、世界……」

「戦場で彼らを、人族を知るのだヴァイス。それがお前の半分に流れる人族の血の宿命なのだろう」


リヒトの紅い瞳を見て、震えてしまった。純血の龍にだけ現れる「紅玉」と言われる紅い瞳。ジークにはまだ現れていないが、成人したらジークもこの瞳を持つ。それは自分やレイには無いものだ。その事実がヴァイスの寂しさを増長させ、ジークと自分は違う生き物なのだとヴァイスに痛感させた。

そして、その寂しさ故に。

ジークやレイの口数があまりに少ないことに、ヴァイスは気がつくことができなかった。

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