闘志の獣
「っ………」
えも言われぬ感情……。
はたして、これは喪失感だろうか。
それとも、私は目の前の圧倒的、ただひたすらにこの圧倒的な力を怖れているというのだろうか……。
否、違う。
「……は……はは」
これは、身体の底から溢れ出す……。
止 め ど な い 対 抗 心 。
全てを蹂躙する純粋な力を前に。
「…ははっ……あはは……」
そう。
それは、まるで……。
自らを縛る鎖を引き千切った獰猛な獣の様な……。
「ふはは……ははははは……」
圧倒的なッ!!
「はははははははッ!!
ははははははははははははははッ!!
あぁ~ッ、はっはっはっはっはっはっはッ!!」
解放感ッ!!
「あはははははははははッ!!
はぁッ~ははははははッ……」
気付けば私は大声で笑っていた。
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……目の前で狂った様に少女が笑う。
「へぇ……」
あの少女……ただ者じゃないみたいね……。
それに、あの身体から溢れ出す闘志……。
そして、あの真っ直ぐと突き刺さる様な冷たい視線。
揺らめく、ふわりとした桃色の髪。
「良いわ、その闘志……
高値で買いましょう……?」
自然と私の口角が吊り上がる。
と、同時にその闘志に敬意を評して……。
私はゆっくりと拳を構える。
その形は俗世で言われる、所謂キックボクシングと呼ばれるものに入るだろう。
「……感謝します」
彼女はその腕にするアームカバーを勢い良く下に降り下ろす。
すると、金属の擦れる音と共に僅かに魔力を帯びた、金属製の手甲がスライドされ、その手に装着された。
そして同じく、彼女も拳を構える。
左腕を突き出し、腰を深く落とし。
右手は腰の辺りで拳を握る。
東洋に良くある拳法の構えと言った所か……。
彼女はその身体にゆっくりと闘気を纏わせた。「ふぅん……立ち技の構え……
なかなか骨がありそうね」
彼女は顔をしかめながら応える。
「……もう、始めましょう、私は、言葉で語る時間が惜しいので」
「ふふっ、それは残念、では、貴女からどうぞ?」
私はすぐにその場でステップを踏み、リズムを刻む。
「御言葉に甘えてッ!!」
彼女は一気に私の懐へ入り込んでくる。
予想以上のスピード……。
ただサポートの為に魔法を使うタイプの魔導師ではないだけあるわね……。
彼女はそのまま私のボディ目掛けて左の拳を突き上げる。
リバーブロー、スタミナを削るつもりね……。
だが……。
彼女の拳は私の障壁を前に大きな衝撃音と共に止まる。
「やっぱり、筋は良いみたいね……
でも、それじゃあ……」
彼女は何故か笑みを浮かべる……。
「なら……これはどうかしらッ!?」
彼女の手甲に刻まれたルーンが光る……。
「何を……?」
彼女の拳が、私の障壁を……。
貫通……いや、これは……!?
喰われているッ!?彼女の拳は速度を落とす事なく、私の横腹に突き刺さる。
「ぐぁっ……かっ……ッ!?」
私の身体に響く鈍い音……。
そして、激痛が駆ける。
(……二本、肋骨が持ってかれたわね……)
彼女はすぐに追い討ちする事はなく、バックステップを踏み、私から間合いを取る。
「障壁を抜かれて驚いている所に不意討ちを貰った、って顔ですね
それと、やはり、身体の構造は人間と変わり無し……
二本程、肋骨にヒビが入ったのではありませんか?」
彼女は不敵に微笑み、そう語りながら、何やら呪文を詠唱している。
「……ふ、ふふふっ、言葉で語る時間は、惜しいんじゃなくって?」
私はすぐに体制を整え、背部に魔力溜まりを作り始めた。
あの障壁を抜いて来た理屈が分からない限り、このまま格闘戦を続けるのは明らかに不利、避けるのも受けるのにも限界がある。
ならば、得意な魔法攻撃で速攻するのみだ。
私は、痛みが引いて来た所で彼女の懐へ一気に飛び込む。
彼女は不意を突かれて驚いた様で、避ける体制を取れず、受けの体制になったのが確認出来た。
だが、私の目的は、単純に直接攻撃する事じゃない。
私は、彼女の目の前で魔力を込めた掌底を下から上へ、大きく突き上げる。
するとどうだ、強烈な風圧で彼女の身体は宙へと舞い上がったのだ。
「ッ!? きゃぁぁぁぁッ!!」
彼女は風圧でくるくると回りながら宙に舞う。
「ふふふっ……
可愛い声で鳴いてくれるじゃない?
今度は貴女の番よッ!!」
輝術『スターライト・ジャスティス』
突き上げた右手を、今度は右へ振り払う。
それを合図に私の背に集まった魔力溜まりから一斉に無数の光の矢が彼女目掛けて放たれる。
例え、相手が動き回ろうと、私自身が自在に動きを操る矢を避ける事は難しい。
矢そのものの推進力が消えぬ限り、矢は進む……。
さぁ、どう対処する……?
この光の矢による無限地獄を……。
─────────────────────
……目の前が何転もしている。
たかだか腕を突き上げただけであの風圧が起きるのだ。
直接当てる気が無かったであろうあの掌底、あの力量で攻撃を食らえば、私にも障壁があるとは言え、多大なダメージを受けないとは言い難い。
だが、今の問題はそこではない……。
彼女は間髪入れず、その背から無数の光の矢を私に向けて放ったのだ。
迫り来る光の矢、明らかに追尾型の魔法であると挑発する様な軌道を描きながら私へと向かってくるのが分かる。
私は障壁を展開する技術を応用し、魔力によって僅かに斥力を発生させ、体制を整える。
一瞬の事だが、私がこの行動を取ったのを確認した魔王は少しだが驚きの表情を見せたのが見えた。
だが、これだけで終わらせるつもりは無い。
凍術『スターダスト・スノウ』
私は瞬時にこの魔法を放つ。
私の回りにはまんべんなく細かい塵の様な氷の結晶がばらまかれ、光の矢は全て残らず私に当たる事なく乱反射し、床や天井、壁に命中し、そこに鋭利な穴を空けた。
「なかなかどうして……」
彼女は微笑みながら呟く。
その表情はまるで、罠に掛かった獲物を見る様な。
そんな、嬉々とした表情だ。
何故、そんな表情をしてるのか。
答えはすぐに分かった。
再び彼女の背から放たれたのは、先程の矢とは違う軌道、私目掛け一直線に進む光の槍が三本……。
彼女の攻撃は、未だに続いていたと言う訳だ。
だが、その程度の攻撃は────
「ぐっ……なっ……!?」
私の予想を遥かに高いレベルで裏切り、槍は氷の結晶を易々と溶かし、私の魔法障壁をまるで紙の様に貫通し、未だ空中で魔法を展開し続けていた私に直撃した。
腹部、と両腕に計三本。
私の動きを緻密に計算した様に命中し……。
ほんの一瞬、集中力を欠いた私はバランスを崩して、そのまま落下する。
その最中、彼女が私の真下へと移動するのが見えた。
更に槍を受けた際の痛みのショックで、目の前が一瞬暗転する。
そして、同時に悟ったのだ。
私は、これ以上彼女に対向する術が無いと。
人生初の……。
敗北をだ。
私は床に激突する衝撃で、そのまま気絶するだろう。
いや、どうにかして、激突を防ぐ事が出来たとして、体制を整える前に彼女に一撃を貰ってしまうだろうか。
私はひたすらに思考するが、答えは出ない。
だが、私が次に感じた感触は……。
床に激突したであろう強い衝撃ではなく……。
「っとと………危ない危ない……」
柔らかい彼女の腕の感触だ。
「……ッ!?」
「これで、勝負アリ
かしらね?」
彼女はにこやかに微笑むと、私を床に立たせる。
そして、何も告げずに玉座へと向かう。
今まで戦っていた相手に背を向けて、だ。
私は再び悟る。
私が相手をしていたのは、こんなにも格の違う相手なのか、と。
私はただただ、その場に立ち尽くしていた。
しばらくすると、彼女は玉座に脚を組んで座り込み、頬杖を突いてこちらを見る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
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