古の女王

クーネロイス国、クーネロイス国際農業貿易商社本部。


クーネロイス城、城主執務室。


「ふぅん、今回は三人組ね……」


綺麗に整えられた石畳の部屋、床には鮮やかな模様が装飾された絨毯が敷かれ、それは如何にも貴族の女性が好む様な雰囲気に包まれている。


その部屋の奥、窓際に設置された一際違和感を放つ事務用の木製の机を前に座り………。


緩くふわりとした艶のある黒髪、吸い込まれる様な漆黒の瞳をした彼女は爪をゆっくりと丁寧に研ぎながらそう呟いた。


「男性が二人、女性が一人……


それぞれ、上位勇者級、上位戦士級、上位魔導士級の構成となっているそうです


特に、魔導士級の女性は出で立ちから近接戦闘を得意とするタイプの様で、杖型の魔法発動体とおぼしき物は遠目では確認出来ませんでした」


黒髪の彼女に対し、机を隔てて二人の女性の内……。


透き通る様な美しい金髪、揺らめく泉の様な水色の瞳に小さな眼鏡が目立つ少女が彼女の言葉に応じた。


「一行はもう、直ぐ近くまで来ているそうだ、お前はどうする?」


そう言い放つのは、彼女に対するもう一人の女性……。


威圧感を放つ長身、艶めく飴色の長髪を黄色のリボンで束ね、新緑の様に輝く翡翠色の瞳を持ち、片刃で一つ波打つ独特で特徴的な刀の様な刃を持つ長剣を二本、腰に携え、黒髪の彼女を見詰めている。


「……そうね、最近、運動不足も祟ってるし私も相手をしようかしら


ただ、少しまだ業務が残ってるし……


レイチェル、私の準備が終わるまで彼等の相手は貴女に任せるわね」


「はい、お母様


……それにしても、今日の『お客様』には興味があるみたいですね」


レイチェルと呼ばれた少女は嬉々として、その『お客様』の来訪を悦び、妖しげな笑顔を浮かべる。


「ちょっとした運動みたいなものよ、他意はないわ」


「ふふっ、口元が緩んでますよ、お母様


……それでは、エントランスで待機致します」


そう言って深く一礼すると、彼女は突然、自らの影にゆっくりと呑まれる様、徐々に足元から影へと沈んで行く。


それはまるで底無し沼の様に、愚かな亡者がそれに飲み込まれる事を想起させ、それに彼女の浮かべる笑顔が更に不気味さを演出する……。


そして数刻も経たぬ内に、彼女はこの部屋から姿を消した。


「……最近は珍しく『お客人』の来城が多いな


前回の『来客』三日前、その前にあった『パーティー』は一週間前……」


翡翠の瞳から向けられる目線が黒曜石の様な瞳へと注がれ、溜め息を吐きながら愚痴を溢す。


「実力こそ大昔に比べたらそうでも無いけど、徐々に南方に位置する各国の戦力が急に上がって来ているのも気になるわね


近隣国にはこちらから『その手』の物資も輸出し始めてるから分かるけど……


その他の諸外国の戦力の上昇スピードは正直な話、目を見張る物があると思うの」


黒髪の彼女は机の上で手を組み、先程の緩んだ顔付きとはがらっと変わり、ギラリとした鋭い目付きに変わった。


「……そろそろ静観にも限界があるんじゃないか、ある程度の牽制は必要だとは思うが?


近い内に南の方から、ここへの大規模な侵攻作戦が行われると言う噂話も聞いている」


「それも不確定な情報よ、決定的な理由が今の所無いし、現状のままなら、こちらから討って出るのはとても得策とは言えないのは貴女も分かるでしょう?


私達の本来の目的から考えて、いい加減潮時なのは分かっていても、おいそれと動く訳にはいかないわね


……勿論、何かの切っ掛けがあれば別だけど」


黒髪の彼女は諦めた様な口調で呟くと悩ましげな表情を浮かべて、再び爪を磨ぎ始めた。


「切っ掛けか……


私も持ち場に戻る、その前に何か頼みたい事はあるか?」


長身の彼女がそう言うと、黒髪の彼女は研ぎ終えた爪をゆっくり、しみじみと見詰めながら暫く考える。


そして、ふと何かを思い付いた様に長身の彼女の方へと向き、そのままおもむろに机から身を乗り出し、彼女の表情はまるで子供が物をねだる様な無邪気なものに変わる。


「頑張ってのちゅーは?」


「はいはい……」


黒髪の彼女は、屈託の無い満面の笑みを長身の彼女へ向け、口付けをねだる。


長身の彼女は馴れた様な呆れ顔を浮かべ、一つ溜め息を吐いて、黒髪の彼女へと顔を近付け、その頬を右手で柔らかく撫で、そっと彼女の唇に自らの唇を重ねた。


しばらくの静寂……。


その後、長身の彼女が唇を離して、黒髪の彼女の肩に軽く手を起き、その目を見据える。


「……頑張れよ?」


「言われなくても……」


長身の彼女は黒髪の彼女の頭を少し撫で、微笑みながら彼女へ向けて手を振り、彼女の自室を後にする。


「……さ、お仕事、お仕事」


彼女は軽く背伸びをし、クローゼットに手を掛けた。


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