幻想魔王録 -The first contact-

あかつき まりあ

契約者【Alika】

満月の夜、クーネロイス国内郊外


「あれが、クーネロイス城……」


ここは西大陸の北西の辺境、山々に囲まれた先に港を携え、広大な土地を持つクーネロイス国。


それは、この閑静な森の広がる秘境の国々の中で、ただ一つ、大規模な農業貿易商社を国家規模で経営し、その近隣国の財政を束ねている。


あくまで、と言う噂があったが。


その本拠地が、私が見下ろした先に雄々しくそびえ立つクーネロイス城と呼ばれた城だ。


ただただ静けさの広がる、その森の一角、崖の端、私は月の光に照らされ、淡く見えるだろう……。


王としてこの国を治め、そして、この近隣国の経済を支える企業の長が住むと言われている、辺境の地にポツンと目立つ巨大な城だ。


西大陸の国々で言うところの『魔王城』と呼ばれるそれを静かに見詰めていた。


その目は何処か使命感を感じさせ、希望に満ち、輝く目をしている様に見えるか、それとも、畏怖の念をただ一心に感じている様にも。


どれも、他人にとって、であるが。


「……何だ、まだ起きてたのか?」


静かなこの空間で眠そうな声と共に、砂利を踏む足音が唐突に私の耳を刺激する。


赤い長髪に長身、黒光りする眠そうな瞳を持ち、常に斜に構えた様な彼の口調。


彼らに出会い、共に同じ道を歩き、同じ時を過ごしたこの半年足らずで随分と慣れたものだと、私は振り向かず溜め息を漏らした。


「こんな時はお前にも怖いって感情はあるもんだ」


「そんなんじゃないわ、むしろ、血がたぎってるくらい」


城を見詰めたまま彼に応える。


「ハッ……じゃあ、その血のたぎりとやらを……。


今日も俺に向けて貰おうか……?」


彼は私の肩から首に掛けて両腕を回す様に抱き締め、甘く囁く。


私はそれに眉を潜めた。


同時に彼の右腕を左腕で強く掴んで口を開く。


「レオン、悪いけど今はそんな冗談に乗る気にはなれないわ。


私はアンタと違って欲の塊じゃないのよ」


「へっ、ご都合主義なこった……。」


彼は悪趣味な笑いを漏らしながら私が掴んでいるその手を私の胸に……。


そして太股へと流す。


「つい一昨日は、あんなに俺の身体を求めて来たクセによぉ……?」


彼は再び私の耳元で同じ様に囁いた。


「私は、私の目的以外の行動をするつもりは無いの」


私は彼の右腕を強く握ったまま、彼の腕の関節を捻る様にして彼の背後に回り込んだ。


相手が長身の男だとして、それは私にとって些細な問題だ。


「何なら魔王の頭を吹き飛ばす前に、今すぐにこの血のたぎりをあんたにぶつけたって構いやしないのよ?」


その言葉と共に私の右拳を彼の背、おおよそ心臓の裏側に当て、力を込める。


彼はこちらに横顔を向け、驚きと苦痛の表情を浮かべて額から脂汗を垂らした。


「私は、あの城に棲む魔王の首を取りに行く


私の渇きを、私の餓えを、充たす為にね


それ以上の理由は要らない」


魔王……。


このクーネロイス国の王は大昔から何故だかそう呼ばれている。


人でなしだとか、化け物だとか。


そんな曖昧な噂だが、今まで何百年とそこへ向かった実力者も亡骸さえ戻って来ない事実が存在していた。


何故、それの首をこの西大陸に居を構える王達が躍起になって魔王の命を狙うのか……。


それは、我々にも分からぬ事だ。


戦う事しか知らず、行く宛の無い外れ者の我々に選択肢は無い。


彼は、その言葉を聞くと、僅かに私の目を覗き、軽く呆れた様に舌打ちをする。


「……にそんな口を聞くたぁ、大層な度胸だぜ」


そう、故郷に骨を埋める事を叶えられぬ実力者達は皆、そう呼ばれ、もてはやされ、外れ者とされた……。


何処へも行く宛の無い忌み嫌われる者達。


仮初めに英雄と称され、嘲笑混じりに賛美され、国から厄介払いされた外れ者だ。


国々の王が魔王の首を獲らせようとする理由も、それが理由であるのかと、想像にも難くないが、真相は闇の中にあると言っても過言では無い筈だ。


その例に漏れぬ彼も、私に向かって不敵に微笑むと、乱暴に私の拳を掴んで退かし、野営の拠点にしている森の方へと歩き出した。


「明日の戦い、期待してるぞ


せいぜい、その血のたぎりとやらを魔王に向けられるくらいの体力は残して置ける様に良く睡眠を取るんだな」


彼は、再び私の方へ振り向いたと思うと、僅かに笑顔を向け何かを呟きかけ、そのまま森の中へと消えた……。


彼は、森へ入り、小さく呟く


「まるで、化け物の目だな、ありゃ」


呟く事も虚しく、その言葉は私に届く。


異論は無い。


紛れもなく、私もまた、魔王と同じく化け物と呼ばれた存在だ。


私は静かに煌々と輝く月を見上げる。


「同じ化け物であるなら、私は……」


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