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シエラに伝え終えた僕は、右腕のシャツ袖を捲り、先代の王から託された紋章を見つめる。伝承通りならきっと答えてくれるはずだ。
この地を創りし伝説の竜…バハムート。
僕が見た古い伝記にはこう記されていた。遥か昔からこの世界では、人と人ならざるものが共に共存していた。互いに争いはせず、ただ穏やかな日々を過ごしていた。だが穏やかに見える世界にも悪い企みを考える輩は現れる。そうした悪意は世界を確実に侵食し、世界を恐怖に陥れた。しかし、世界が悪意に脅かされし時、世界を創りし竜が人々の前に姿を現す。竜は勇者を呼び寄せ、選ばれし勇者と絆を結び、共に悪意を打ち倒した。後に勇者へ契約の証である紋章を託し、竜は世から去っていった。そして勇者は中央王都を建国し、世代が変わるたび、この紋章が受け継がれているそうだ。
もしも……もしも伝承の通りなら、この腕に刻まれた紋章を通してバハムートに助けを求められるはずだ。多分。
いや、きっとできるはずだ。やってみせるさ。助けを求めるわけではなく、力を貸してもらうために。あれを放置すれば世界が危ないってわかる。ひしひしと感じる。なにせおすすめされた光の魔法が全く歯が立たなかったことを考えれば、ここまでのことをするのも当たり前だろう。これがダメなら…命を使うことになってもあれを唱えるまでだがな。さぁ集中だ。
祈り、念じ、僕は願う。目の前の邪悪を打ち払う力を、生きとし生けるものを守る力を。傲慢でもいい、偽善だと言われてもいい。それでも僕は何をしてでも守りたいんだ。仲間をこの国に生きる人々を守る力を!
腕に刻まれた紋章が淡く明滅する。その光は僕が念じるほど激しくなっていく。
だから……力を貸してくれ。いや違うか。
「僕に力を貸せ!バハムート!!」
僕がそう叫ぶと右腕が眩い光を放ち、その場にいたもの全ての目を眩ます。やがて光が落ち着いて、皆の目が景色をみれるようになった僕の目の前、そこに居たのは……小さな女の子だった。
「き、君は一体…」
そこで僕は気づく。周りの一切合切が動いてないことを。仲間の皆はもちろんだが、逃げている人々も、空を飛ぶ鳥も、敵の男でさえも動いていない。言葉を発した僕と目の前でふよふよと浮かんでいる女の子だけ動いているのが分かる。
呆気に取られていると女の子は地面に降り立ち、僕を真っ直ぐに見つめる。
「久しいの。人に呼ばれるの…は……ふぁ…」
小さなあくびをしている彼女がバハムートなのか。
「君は……君がバハムートなのか?」
「いかにも、我がそうじゃ。それともそう見えないかの」
「…とてもじゃないけどそうは見えないよ」
失礼だとは思うが、きちんと伝える。すると彼女は自分の容姿を確認する。
「おぉ、そうであったな。久しぶりだと自分の姿も忘れてしまうの」
忘れるねぇ…。一体何百年なんでしょうかね。
「それはご想像にお任せしようかの。ま、こんな見た目じゃがお主の求める存在には間違いないぞ」
確かに見た目こそおかしいが、彼女の言動と周りの状況から鑑みれば彼女が本物のバハムートであることは火を見るよりも明らかだ。
「しかし時間を止める必要はあったのか?」
「あるに決まっとるじゃろうが。我はお主と会話がしたくての」
「だからってこんな大げさな…」
「大げさではなかろう。二人っきりで静かに話したいのなら正しい行動ではないか」
大物にしか分からん感覚だな。大体話なら後でもいいのでは。
「お主を認める為の試練でもあるのじゃぞ?」
納得できる内容だった。それならやらないとダメだな。
「その顔は納得してもらえたようじゃの」
「必要なことであるなら仕方がないでしょ」
「物わかりのよい男じゃの」
「それはどうも。で、どうすればいいの?」
「なに簡単なことよの。お主は我に何を渡すのかの」
「…どういう意味だ?」
「そのままの意味じゃよ。何を犠牲にして力を手に入れるのか…とな」
「犠牲…」
「まさかとは思うが……只で力が貰えるとでも思っていたのかの?」
「いや、世の中そんなに甘くないことくらい分かるよ」
バハムートは一瞬呆気にとられるが、すぐに呵呵と大笑する。
「真に物分かりのいい男じゃの。ますます気に入ったわ」
「それはありがたいな~。ついでに犠牲の件も…」
「それは無理じゃな。契約は契約じゃ」
ですよね~。とはいえ犠牲か…。自分の一部でもいいだろうけど、それをしたら絶対に後で怒られるだろうなぁ。うーむ、どうするべきか。犠牲…。犠牲?…そうか!別に一辺倒で考える必要なんてないのか。
「その顔は…決まったのかの?」
「あぁ、僕が渡せるものは一つだったよ」
「ほぅ。して…それは何かの」
「僕自身だ」
「…自身を捧げて力を得るということか。理に適っておるな。ではその体を頂こうかの」
手を伸ばして僕に触れてこようとするが、僕はその手を取る。
「違うよ。渡すのは僕の身体じゃない」
「どういうことかの?」
「僕の人生を捧げるということさ」
「人生?」
「そう、人生。僕の人生…つまりは時間を使って、君を退屈にさせないってのはどうかな?」
再び呆気にとられてから、バハムートは呵々大笑した。
「長く生きてきたが、そのようなことを言いおったのはお主が初めてじゃ」
「それって褒めてる?」
「褒めておるよ。良い意味での」
大笑いしながら言われても説得力がない。一頻り笑ってから、落ち着きを取り戻してから僕の方を見る。
「よかろう。お主の人生と共に歩むことを契約としよう」
ほっと胸を撫で下ろす。話の分かる人?でよかった。誰も不幸にならずに済むならその方がいいに決まってるからな。例え甘いと言われようともね。
「じゃがの。忘れてはならぬぞ」
「えっと…何を?」
「お主が我を退屈させるのであれば、殺すとな」
「…分かってるさ。契約は必ず違えないことを誓う」
「なればよし。では…参ろうかの」
バハムートが両手を合わせると、ガラスが割れる音が鳴り響くと、すぐに音が、景色が動き出す。その姿に似合わない力の行使に僕は呆気に取られる。信用してないわけではなかったが、本当に彼女が伝説の存在なのであることを真に理解できたと言えるだろう。
「マスター、そちらのお嬢様はいつの間に?」
「あ、あぁ。彼女が僕たちの切り札だよ」
「どう見ても普通のお嬢さんにしか……いえ、これは…!」
流石シエラだ。彼女の内包する魔力を瞬時に理解したようだ。
「彼女は一体…」
「お楽しみはこれからだよ。バハムート」
「任せい、お主の為に力を揮おうではないか」
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