第4話 羊少女
あるところに、それはそれは正直な少女がいました。
お皿を割っても、すぐに謝ります。
庭の植木鉢を壊しても、すぐに謝ります。
隠し事なんてしません。だって少女は、正直者だから。
ある日、少女の住む村に、ある噂が届きます。
隣村の、隣の隣村が、オオカミに襲われた。
一人だけ生き残った少年がいる。
少年はとんでもない嘘つきで、オオカミが村を襲う事を知ってたのに、皆に嘘を付いて、村人を見殺しにした。
今その少年は、オオカミ少年と呼ばれている。
本当の話を知っている人は誰もいなかったが、その噂はすぐに村中へと広まりました。
「私は嘘なんて付かないよ」母親に話します。
「そうだね。あんたは馬鹿だから、嘘なんて付けないわね」
邪険に扱われ、少女は悲しそうな顔をしています。
落ち込んだ少女は、大好きな羊に会いに行こうと、外へ出ました。
町の人々は誰もが、少女の姿を見ると眉間に皺を寄せて、離れていきます。いつもの事なので、少女は気にもしません。
流れ者の商人が、少女へ近づき声を掛けました。
「こんにちは、どこへ行くんだい?」
「こんにちは、口の臭いおじさん。私は今から羊に会いに行くの」
「な、なんだって?」商人は耳を疑っています。
「もう話しかけないで。臭いのは嫌いなの」少女は無邪気に言い放ち、商人の元を離れます。
偶然町に寄った旅人が、少女に声を掛けます。
「こんにちは、どこへ行くんだい?」
「こんにちは、豚みたいな顔のおじさん。私は今から羊に会いに行くの」
「な、なんだって?」鼻の穴が大きな旅人は、耳を疑っています。
「どうしてそんなお鼻なの?」少女は無邪気に訊きます。
「うるさい、あっちへ行け」旅人は右手で鼻を覆い、顔を真っ赤にして怒りました。
少女は驚いて、すぐに旅人から離れました。
酒飲みで有名な男が、少女に声を掛けます。
「よう、正直者」足元はふらつき、顔にはだらしない笑みを浮かべています。
「こんにちは、嫌われ者のおじさん」
「ハハハハハッ、嫌われ者はお互い様じゃないか」酒飲みの男は、腹を抱えて笑います。
「どうして私は嫌われるの?」少女は素直に訊きます。
「前も言ったろ。嘘を付かないからさ」
「嘘つきはダメなんでしょ?」
「まぁ良いじゃないか。俺はお前の事嫌いじゃないぞ。ハハハハハハハッ」
「私はおじさんの事嫌いだもん」少女はそういって、酒飲みの男の元を離れようと歩き出します。
「ちょっと待て。お父さんはどうしたんだっけ?」
少女は振り向いて、頬を膨らませながら男の質問に答えます。
「だから、パン屋さんの女の人と、どっか行ったの」
「アーハッハッハッハッ」酒飲みの男は今日一番の笑い声を上げました。
「おじさん大っ嫌い」少女は酒飲みの男の元を離れ、羊の元へ向かいます。
「今日も来たのか?」羊飼いの男は、面倒くさそうに話します。
「羊さんと、遊んでいい?」
羊飼いの男は、返事を返さず藁集めの作業をしています。いつもの事なので、少女は気にもせず柵を越えて羊の元へ歩み寄ります。
いつものように遊んでいると、柵の向こう側にたくさんのオオカミがいる事に、少女は気づきました。
少女は驚いて、すぐさま逃げます。
「おじさんおじさん、愛想の悪い変態のおじさん。オオカミがたくさんいるよ」少女は藁小屋に向かいましたが、羊飼いのおじさんはいませんでした。
急いで、町の人たちへ知らせに走ります。
「おじさんおじさん、口の臭いおじさん。今からオオカミが襲ってくるよ」
「うるさい、あっちへ行け」商人の男は耳を真っ赤にして、口元を押さえながら宿屋へ入っていきました。
「おじさんおじさん。顔が豚みたいなおじさん。今からオオカミが襲ってくるよ」
「うるさい、あっちへ行け」旅人の男は耳を真っ赤にして鼻元を押さえ、宿屋へ入って行きました。
お客さんを入れ終えたのか、宿屋はドアの鍵を閉めます。
少女は町の皆へ知らせようと、家々を走り回ります。
「パン屋さんパン屋さん、奥さんの逃げたパン屋さん。今からオオカミが襲ってくるよ」
パン屋は内側から鍵をかけました。
「お花屋さん、お花屋さん。嘘つきのお花屋さん。今からオオカミが襲ってくるよ」
お花屋さんは内側から鍵をかけました。
「おばあさん、おばあさん、万引きばっかりするおばあさん。今からオオカミが襲ってくるよ」
おばあさんは内側から鍵をかけました。
少女は必死で走りながら後ろを振り返ります。オオカミが、追ってきてるではありませんか。
「おじいさん、おじいさん、覗きばっかりしてるおじいさん。今からオオカミが襲ってくるよ。家の中にいれて」
おじいさんは内側から鍵をかけます。
「お酒屋さん、お酒屋さん。酔ったお客さんから財布を盗むお酒屋さん。今からオオカミが襲ってくるよ。家の中に入れて」
お酒屋さんは内側から鍵をかけます。
少女はオオカミの事を伝えながら、いろんな家を回りましたが、誰も家の中には入れてくれませんでした。
一生懸命走って、なんとか家の前までたどり着きました。後ろを振り返ると、もうそこまでオオカミが迫ってきています。
「お母さんお母さん。羊飼いのおじさんと変な事してるお母さん。オオカミが襲ってくるよ。家の中に入れて」
家には鍵が掛かっており、ドアが開きません。
「お母さんお母さん。お父さんに捨てられて変な薬を飲み始めたお母さん。オオカミが襲ってくるよ。家の中に入れて」
ドアは開きません。
「お母さん、お母さん。私の事をいつも叩くお母さん。オオカミが襲ってくるよ。家のーー」
「どっか行ってっ。お願いだから」
ドアの向こう側から、お母さんの泣き声が聞こえます。
「お母さん、お母さん、何度も私の首をーー」
少女はオオカミに襲われ、死んでしまいました。
少女の住んでいた村の、隣村の隣の隣村に、ある噂が届きます。
ある村がオオカミに襲われたが、死んだのは何匹かの羊と一人の少女だけだ。
少女はとんでもない正直者で、オオカミが村を襲うことを、皆に伝えるために走り回り、最後は自分を犠牲にした。
その少女は今、羊少女と呼ばれている。
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