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「んん~? なんだこのネーチャン?」

「私は村長の孫娘です! この村のみんなに代わってハッキリ言わせてもらいます、あなた達に渡すお金も食糧もありません! わたしたちはあなた方を雇ったわけでもないですし、契約だって交わしていないはず! モンスター討伐は別の方にお願いします! だからこの村をもう解放してください!」

「――アイシャ、やめなさい!」


 村長様の制止も振り切り、ギルドリーダーに睨まれ体を震わせながらも、筋の通った意思を伝えたアイシャさん、でしたが。勇者一行がそれを聞き入れる様子もなく。


「いいやァ、このネーチャンも荷馬車に積んじゃって。顔いいし、一緒に連れてくわ」

「え、ちょ……きゃぁあ!」

「ああ! ああああっ、やめてくだされ勇者様ッ‼︎」


 取り巻き二人が彼女を両脇から捕らえ、まるで小麦の袋をそうするように軽々と抱え上げ。

 それを見た村長様は、地に顔をつけて懇願を繰り返す。


「お願い致します! どうか孫だけはっ、孫だけは勘弁してください! 数々の無礼はお詫び致します、ですからっ、どうか孫だけは連れて行かないでください! どうかっ、どうかぁあ!」

「だったら今すぐきっちりツケ払ってくれよ、じーさん」

「それはっ……くっ、う」

「お爺ちゃん……! やめてっ……離してっ!!」


 悲鳴を上げ、ずるずるとギルドの方へと連れて行かれるアイシャさん。

 子供を抱き抱え、顔を伏せる村の方々。

 四つん這いになって悔しさに震える村長様。


「はあ…………もう見ていられないですね……。デイリグチ、取り敢えず面倒になるんでまだ飛び掛らないでくださいよ」

「っわぁあってるよ、クソッ!」


 あまりの惨状に、結局こうして小屋の陰から三人ぞろぞろ出て行くことに。

 本来なら、もっとこう。

 正義の味方みたいに派手に登場したいところですが、裏方の役割にはこれが精一杯なんです。


「ハナヤマダさん‼︎」

「んだよ、仲介屋か?」


 村人、ギルドと両方から声が上がり、視線が一気に集まってくる。

 まあ、転職の館でお客様を待つ私たちがこういう場面に割って入ることなんて滅多にないですしね。


「転職屋さん!」

「ハナヤマダさん! いいところに! お願いだよ助けておくれ! このままじゃアイシャちゃんが連れて行かれちまう‼︎」

「ええ……わかっております、大丈夫です、皆様落ち着いてください」


 と言ったところで、村の方々が鎮まるはずもなく。


「頼むよあいつらをなんとかしてくれ!」

「もう我慢の限界なんだ!」

「やっつけてくれよ! ハナヤマダさん!」

「そうよ! あの中には、あんたが職を紹介した勇者だっているんでしょう⁉︎」

「それをなんとかするのはあんたたちの義務じゃないのか!」


 ああ……。ええ、お気持ちはわかるのですが……。

 うう……困った。


 案の定、私たちの登場で村人の鬱憤が爆発し、流れが悪化していくような。


「はんッ、なんだよ眼鏡ェ、俺ら勇者様を差し置いて、村人の味方をするってかァ?」

「いいのかよぉ? 職業紹介人が一方の肩持っちゃうのって」

「それってアレだろルール違反なんじゃねえの。お前ら転職屋ってのはこっちの世界に職業紹介以外じゃ関わっちゃならねぇんだろ?」

「だったら俺らを攻撃なんて、できるはずねぇよな?」


 口々に救いの手を求める彼らだけでなく、勇者ギルドの面々も口を挟んでくる始末。


 悔しいですが……勇者たちの言う通り。


 転職屋、つまりこの世界とは別次元に住まう私たちにはいくつかルールが設けられていまして。その中の禁則事項に、『職業紹介に関する以外の下界での案件に直接的に関わるべからず』。という太文字の項目が存在するのです。


 職業紹介人は全ての者に平等に。

 それが私たちの鉄の掟、破れぬ誓い。


 私だって、本当は強き者より弱き者を守りたい。

 困っている人が目の前にいるならば心のままに助けたいです。

 しかし……こればかりは──。


「あんたはこの状況を見てなんとも思わないのか⁉︎」

「いい人だと思ってたのに!」

「ハハハハ! 転職屋ってのもお気の毒だなあ、村人なんて位の低い奴らに恨まれちまうなんて、可哀想だ!」

「お願いします! 報酬は出しますから奴らを退けてください!」

「別に俺らはやってもいいけどよォ、禁は破れねえ決まりなんだよな? どーせ転職屋なんて館から出たら無能なんだよ!」


 う……、村、ギルド、村、ギルドと交互に飛び交う心ない一言にメンタルが下ろしがねにかけられるよう。


 というか最後の、めちゃくちゃ腹たつんですけど……⁉︎ 無能って。


「いいんですかハナヤマダさん! 言われっぱなしですけど……」


 罵声や不満が行き交う中で、不安そうに背を丸めるヴァルヴァロイ様。

 そりゃあできるものなら、不満がここまで募る前になんとかしているのですよ。


「しかしこれじゃあ村の人々が! それにあの娘さんも連れていかれてしまいます……!」

「それだけは阻止したいんで善処します」

「話し合いでか? 無理だろあんな屑共じゃあ」

「デイリグチさんの言う通り、あの様子じゃ話し合いで解決は厳しいと……思います」

「くうう……」


 次々に集まる冷めた眼差し。

 この崖っぷちに立たされているような寂しい気持ち。

 こういうトラブルの時に役に立てないなんて、ルールとは言えストレスフル。


「…………皆、もう、よしなさい」

「村長……!」

「ハナヤマダさん。申し訳ありません、我々の恩を仇で返すような八つ当たりに心を痛めさせてしまって……、どうか許してください、皆悪気はないのです……」

「村長様……いいえ、こちらこそ、物理的に手助けができず誠に申し訳ありません」

「よいのです……、それがハナヤマダさん達の乱してはならない規則なのですから……っ。確かに我々は何の力も持たない村人……、彼らの言うように、背景同然の引き立て役なのです、……しかし、背景同然でもちゃんと心はあるのです……っ! 大事な人を奪われれば、胸が裂けるような思いにも……なるのですッ!」


 鼻水を垂らし涙ながらにこちらに謝罪と悔しさを語る村長様。

 その様子を更に嘲り笑う勇者と書いて屑と読む者たち。

 くっ……禁則事項と村の方々、動かしてはならない天秤が揺れ動く。しかし。


「――あーあァアッ。やってらんねェわ、ハナちゅあんよ、俺ァこの無意味な耐久レースからイチヌケさしてもらうぜ」


 悩んでいるその間に、リーゼントを整えながら私たちの横を過ぎ、勇者の群れの前に堂々と出て行くデイリグチ。


「ちょっと、あなた! 禁を破るんですか!」

「そりゃあ、アンタは流石に堂々とやっちゃなんねぇと思うが、外前回り担当で、かつ元“こっちの世界の住人”の俺だったら少しぐれェならノーカン扱いになんじゃねえの!」


 あ。な……なるほど。


「流石にそろそろ見てんの限界っつうか、俺個人的に無理っつうか……」

 

 首元のネクタイを緩めて外し、それを豪快に放り捨て、ぼきぼきっと指を鳴らす部下。


「これ以上『勇者』の名を汚されンのは――マジちょい我慢できねェンだわ!」


……わかりました。他に方法もなさそうですし。


「デイリグチ、やっておしまいなさい──‼︎」

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