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「デイリグチ、鍵を準備なさい、行き先はわかっていますでしょうね」

「へ⁉︎ マジで行くの?」


 当たり前でしょうが、このお馬鹿。

 今行かずしていつ行くと言うのです。


「……アンタ、もしや良いように当てはめる気じゃ……」


 声が大きいですよデイリグチ。


「あの、ええと、研修とかちょっと荷が重い気がするんですが……僕」

「ご心配はいりませんよ、ただ少し下見するだけです。お気に召して頂けなければ次の案件をご用意致しますので」

「だったらいいんですけど……」

「ささ!ではさっそく、現地へ参りましょう」


 腹黒ッ……とボヤく部下の手から、目的地の名を唱えるだけでお手軽に外界へワープできてしまう金色の鍵を受け取って。


「はいでは、お客様、肩なり腰なりどこでも結構ですので掴まっていて下さいね」

「ダメだ……俺酔うかも」

「こ、こうですか?」

「はい。ではいきますよ――はじまりの大地、風車と羊の村、『イニーツィオ』へ!」


 安易な効果音と軽い浮遊感、眩い光に包まれ、数秒後。


 私達三人は館から晴れ晴れとした青い空の広がる、高原へと降り立ちました。


 …………え?

 描写がショボすぎるって?

 仕方ないです。この世界のワープなんて一行で収まるほどのクオリティーですから。


「転送完了ですね」

「は、うわわわわ……すごい、ほんとにワープしたんですね」


 ん。

 おや、まさかヴァルヴァロイ様。その反応もしや。

 『金色の鍵』を使うのは初めてで?


「え、ええ……恥ずかしながら、城から出る時もほぼ移動手段が大型モンスターか、徒歩だったんで、『転職の鍵』を使ったんでまあワープは実質二回目ですけど、なんか新鮮で」


 なるほどなるほど。輝いてる表情にもその理由なら納得できます。

 なんかちょっと違和感ありますもんね最初は。

 まあ。違和感ありすぎて、それが抜けずに三半規管をやられて吐く人も稀にいますけどね。


「うッ――ぶ、ぐ、ォ」

「あの、デイリグチさん大丈夫なんですか……えづいてますけど」


 ここに一人いますけどね。


「大丈夫です、ご心配なさらず。そのうち治りますから」


 まったく。外回りのクセにヤワで困りますよ。


 それはさておき。少し辺りを探索してみましょうか。

 この辺は『はじまりの大地』と呼ばれるほどですので、自然も豊かで空気が澄み渡り、気候もまた安定した土地ですので作物もよく育つそうですよ。


 王都から離れてはいますが、逆にがちゃがちゃした都会より、田舎の空気を堪能したいという方には打ってつけの物件ですね。


「確かに、ぽかぽかとして暖かく、太陽がとても近く感じます、風も心地いい……こういう場所があったんですね、僕のいた氷魔の里とは大違いだ……」


 おお、なかなかの好感触。実に良いことです。


「では、まず右手に見えます風車の建物、そしてその周辺を固める家々が……」


 後ろの草むらで四つん這いになって、呻く部下を無視してガイドを進めていると、お客様の足元に、「ンメー」と高い鳴き声を発しながら軽く体当たりする一匹の白いモフモフ。

 

 改め哺乳綱、ウシ目、ウシ科、ヤギ亜科――まあ、羊ですね。


「うお。な、なんですか、これっ」

「おやおや、お客様。失礼ながら羊をご存知ではないのですか?」

「ヒツジ? あ、これヒツジっていうんですか?」


 確かに、辺境の土地で魔族と魔物と共に過ごしてきたこの御方が、人間の家畜なんぞ知るはずもないでしょう。


 それにしても、泣く子も黙る氷の帝王とまで呼ばれた魔王に大胆にも体当たりするなんて、この羊、命知らずにもほどがある……。


 ひょいと片手で持ち上げられても、暴れず呑気に鳴いているだけ。

 もごもごと動く口からは野草が見え隠れしている。


「すっ、すごい……、このヒツジという生き物、毛がフカフカしてるんですね」

「ええ。そうなんですよ、羊は主に毛を刈り取るための家畜なんです。まあ地方によっては食用ともされますが、ここの村では羊の毛から出来た毛糸や衣類などが特産品とされていますね。どこよりも、ここで取れる羊毛は上質のものであると、王都から讃美されるほど有名なのです」

「確かに、肌触りがいいです……それにこのフォルム、なんと……なんと愛らしい」


 鼻息が荒く、目が今まで以上に輝いて。最初とはまるで別人のよう。

 なるほど、ヴァルヴァロイ様は結構可愛いもの好きなのですね。


 とはいえこの羊、どこからやってきたのでしょう。

 首にベルが付いているのでこの村の羊に間違いなさそうですが。


「ああっ――こんなところに! ごめんなさい! 放牧してたらはぐれちゃったみたいで……!」

「おやおや、あなたは」

「あっ、ああ! ハナヤマダさん! ご無沙汰しております! あ、あとデイリグチ……さんも、さっきぶりで」


 丘の向こうから数十頭の羊を率いてやってきたのは、深緑に白と黄の刺繍が印象的なチロルワンピース姿の若いお嬢さん。


 息を切らし、亜麻色のポニーテールを揺らす彼女の首にも羊と同じベルの首飾りが。


「あの。そちらの方は……」

「ええ、こちらは、現在転職希望で担当させていただいております――ヴァルヴァロイ様。村を見学なさりたいとのことで来て頂きました」

「そ、そうだったんですかあ。はじめまして、私アイシャといいます、この村で羊飼いをやっています。と言っても人手不足で、放牧中にしょっちゅう見失っちゃうんですけど……。すみません、その子が悪さしませんでしたか?」


 可憐にスカートを摘み上げお辞儀し、小首を傾げた彼女にヴァルヴァロイ様は焦ったように羊を地に降ろして、大袈裟なくらい頭を下げた。


「え……いえいえ! 悪さなんて……ヒツジ、とてもいいと思いました」

「ああ、それは良かったです。その子いたずらっ子なもので、ほっとしました。ええと……、凄く逞しいお体されてますけど、前は何をして働かれてたんですか?」

「あ。え、えと、それは……」


 魔王ですとは流石におおっぴらに言えませんよねえ。

 お船をこちらから出しましょう。


「王都の門兵さん、ですよね」


 そう答えると、彼女は手を叩いて目を輝かせる。


「ああ! やっぱり! そんな感じしますもん! すっごくお強そう! でも……王都直属の兵っていうとお給料かなりいいはずなのに、転職なんてもったいない気も……」

「――そうそうアイシャさん。私、例の件をお伺いしたく参上した次第で御座いますが、現状の方は」

「はっ、すみません! それでした!」


 お客様の見学も勿論ですが、本題を忘れてはいけません。

 消火活動は早めの方がよろしいでしょうから。


 まずは単刀直入に、村長様の孫娘であるアイシャさんに事態の深刻具合をお聞きしましょう。


「申し訳ありません。うちの馬鹿が、ああいえ――部下が相当な無礼を働いたようで」


 すると彼女は大きく首を振り乱す。


「そんなそんな! とんでもないです! お爺ちゃんたちが少しピリピリしてただけですよ! むしろデイリグチさんはちゃんと理由を話して、対処しようとして下さいました!」


 ……それは、ほんとうですか。


「どうなんです」


 草むらに声を投げかければ、いまだ口から汚いナイアガラの滝を作っていた部下が腕だけ伸ばして震え声で答えてくる。


「い、や……これでもウブォっ――、ぜんしょ、した、ほ……ぉごッ……おぼええええええええええええええええッ――」


 あなたそれじゃあ船イベントに必ず一人いる、酔って吐きまくりの乗組員じゃないですか。

 あまりに酷い声とその音に、そんな必要ないというのにお優しいヴァルヴァロイ様が介抱に走る姿が見えました。


「ほ、ほんとうですよ! ハナヤマダさん!」

「そうですか……ですが、村の方々は」

「ええ……そこは話の通りで、私も止めようとはしてるんですが、みんなそろそろ我慢の限界……みたいで」

「まあ、理由が理由ですしねえ」

「でもだからってハナヤマダさん達にその鬱憤をぶつけていいはずないんです! だって、職場を紹介する以外で、こちらで起きたことにハナヤマダさん達は関わってはいけないっていう決まりですからね……」

「ええ……。出来ることなら協力したいのですけれど」

「お爺ちゃんたちが無理を言って、困らせてごめんなさい」

「よいのですよ、こちらこそ、たいして力になれず、申し訳ございません」


 ポニーテールを揺らして頭を下げる彼女に、恐れ多いと顔を上げて下さいと私が言うと、青白い顔をした部下に肩を貸しやってきたヴァルヴァロイ様は浮かない顔の彼女と私を見比べて、



「あの、どうしたんで……」


 声を掛けたその時。

 村の方から高い鐘の音が四度響いて。

 地を向いていた彼女の顔が素早く上げられる。


「村の方から――、また来たんだわ!」


 そこから血相を変えて丘を下り、屋根や風車の見える村の方に走っていくアイシャさん。


「追いかけましょう」


 彼女を追い、鐘が鳴り続ける物見やぐらを目指して麓まで走っていけば、間もなくして煉瓦造りの煙突付きの家々や畑が立ち並ぶ村の入り口に辿り着いたのですが。

 王都から遠く離れた閑静豊かなはずのその場所は、一目見てわかるようにいつになく騒然として、二つにぱかりと別れた集団が今にも衝突しそうな勢いで睨み合っているではありませんか。


 一方は、お年を召した方や女性、子供の多い、イニーツィオの村の方々。


 そして相対するは、重たげな甲冑に鋼の武器、野盗と見間違える横暴そうで、人相の悪い、およそ村の方々の五倍もありそうな軍勢。


 その様子を見て立ち止まり、私に耳打ちするお客様。


「あれは……勇者、ですか、ハナヤマダさん」

「ええ、お客様の仰る通り。全員が勇者のようですね。恐らく彼らは上級勇者の集うギルド――『正義ジャスティス・ソード 』と呼ばれる方々でしょう」

「じゃ、ジャスティス……ですか、あれで」



 ええ、あの顔で、です。

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