第3話 村人はもっと怒ってもいい

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 応接室の殆どを占領する本棚から、一つ二つ、三つと分厚い物件一覧書を掴み取り。


 ティーセットを片付けいよいよ本題に。

 最近はデジタル化が進んでいるようですが、私もっぱらアナログ派でして、効率とか最速重視とかはあまり好まないのです。

 一覧書を1ページ1ページ捲って、お客様と語り合いながらお仕事を探させて頂きたいのです。

 せっかちなお客様にはよく急かされたりしますが、こういうのは急がば回れ、焦らずゆっくり考えながら探したほうが良いに決まっています。

 なのでけして、機械がいじれないとか苦手とか、そういうことではないのです。ええ、ほんとうですよ。


「さて、と。お待たせ致しました。カウンセリングを参考に、こちらでお客様にお気に召して頂けそうな物件を僭越ながら選ばせて頂きました。それでも種類は軽く5000ほど御座いますが」

「そんなにですか?」

「ええ、お仕事の数は人の数。これぐらいで驚いてはなりませんよ。まぁこれでも絞らせて頂いた方で御座いますが。それとも、初めから気になられている職があるようでしたら、そちらを検索致しますが」

「いえ、これでも漠然としている方で……、まだ自分に何ができるかわからないので。しょっぱなからこれを言うのもあれなんですが、おすすめって……あります?」

「そうですねぇ……おすすめの職業、尚且つ、ヴァルヴァロイ様の先ほどのご希望に、近いお仕事といいますと……」


 眼鏡をかけ直し、ページを素早く捲り。

 一番折り目の深くついた見開きに辿り着くと、私は控えめに首を伸ばす彼にそれを見せた。


「ええと、これは」

「不動の人気ナンバーワン。ヒーロー願望の強いお客様にオススメの、最も需要の高いお仕事でございます」


 そのお仕事というのは。


「『勇者』ですか?」

「ええ。未経験者大歓迎、勿論経験者でも全く問題ございません。知名度も高く、収入も安定型、スタンダードなお仕事として、お客様の間では親しまれております。しかも定員制限無しの物件ですの、いつでもお気軽に始めることができますし。最初は一人でも街の外やダンジョンなどで仲間を増やすことが可能です、自分の能力を自由自在にカスタマイズできるのもこのお仕事ならでは、特に街や村で起きている問題ごとを解決しますと、村人や町民達に喜ばれ、賞賛され、非常に気持ちがいいとか。あとは勇者らしく、魔王を討伐することが最終目標となりますが、特に期限はないので寄り道されながら旅を楽しまれる方が多いようです」


 が、旅を楽しみすぎて当初の目的を忘れ、そのまま『冒険者モドキ』にクラスチェンジする方も多いですが。


「どうでしょう、倒し倒される宿命の関係である魔王のお客様が、この機会に『勇者』に転職されるてみるというのもなかなか意外性があると思いますし。今なら新規登録者の特典として、初級勇者の装備一式と蘇生の羽がついてきますので、お得ですよ」

「『勇者』ですかぁ……」


 彼は、見開きをしばらくじっと眺めてから顔を離し、うーんと唸って、自分の顔を指差して私にこう言った。


「この顔で、勇者いけると思います?」


 接客において一番聞かれて困ることを聞かれてしまいました。


 とはいえ、お答えしないわけにもいかないので。


「ビジュアルはさほど気にされない方がよろしいかと、最近の勇者もショタ顏からお客様のように凛々しい顔つきのお方と幅広くいらっしゃいますから」

「そうですかね……」

「ええ、ようはキャラクターが立てば良いものと思っていただければ。勇者はただ強ければ良いものではありません、なにせパーティの要でありますから、脇役に埋もれないよう自分をしっかり持っていただくことが大事です。町民に愛され、犬やニワトリ、屍にも気さくに話しかけ、使いっ走りにされながらも人々の好感度を上げつつ、魔物を狩り、コツコツとレベルやお金を貯め、いらないパーティメンバーをベンチ入りさせ、ある時は切り捨て、王様と謁見する際は大陸往復するぐらい手間をかけ、時に民家に忍び込み何食わぬ顔で壺を割り……、とそのように日々の努力の積み重ねによって、若手勇者から大物勇者へと成長していくのです」

「それ勇者って言えるんですか!?」

「いえいえ、あまり美化しすぎてはいけませんよ。勇者なんてだいたいそんなものですから。一般人の家に忍び込んでみんな宝箱開けてます、そこから転売は勇者の基本です」

「ええ……酷い」


 魔王に酷いと言われてしまう勇者とは一体なんなのでしょう。


「大丈夫です。盗人紛いの行為だとしても、ほとんど『勇者だから』で済まされます、『魔王』と似た特権ですね」

「勇者も色々あるんですね……知らなかった」

「そりゃあどんなお仕事も、裏はありますから。メリットがあればデメリットも必ず存在します」

「じゃあ、勇者のデメリットっていうのは?」

「それ、お聞きします?」

「ええ、一応……」


 言われて、またパラパラとページを捲る私。

 こうやってご案内の際に、マイナスポイントを突っ込まれて、うやむやにしたり、でたらめを話す不親切な輩もいるようですが。私これでもこの仕事に誇りを持っていますゆえ、お客様が望むのであれば包み隠さず全てをお話致しましょう。





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