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「そう、それです」
いやだ。私それ、前に食べたことありますよ、それ。
ただ、彼が言うには、魔王城興しはうまくいかなかったそうで。
依然としてインブレス城に勇者一行は訪れず、数年間、喜ばしくない平和が続いたという。
いくら待っても勇者が来ないと、それまで従順だった部下や配下の魔物達は次第に暇を持て余し。好き勝手に城を出て遊びまわったり、そのまま帰ってこなくなったり、それだけでは留まらず、遂には城の金品を持って亡命するという魔王の下僕にあるまじきボイコットまでもが相次ぐようになって。中には別の大陸の魔王に頼み込んで傘下に降った者もいたそうで。
「ひどい話ですねそれは……」
「僕にも責任があるんですよ、街を奇襲したりとか、粛清とかが僕はあまり好きではないので。お前は魔王らしくないと、つき従うならもっと魔王らしい者の方が良いと去っていった部下や仲間達の気持ちもわかりますから……。でも、流石に仲の良かった仲間に見放されてしまうのは、精神的にキツくて……胃にきましたけど」
ふう……、と深刻そうな顔で吐かれた大きな溜め息は天井に消えていく。
相当トラウマなのでしょうか、お客様の顔色が更に悪くなったような。
「大丈夫ですか」
「胃薬は常備していますから……」
胃薬常備の魔王様なんて、一体どれほどのストレスを抱えてきたというのか。
なるほど、これはまだまだ深そうですね。
「確かに、魔王は統治者としてのカリスマ性と一般人を戦慄させる非道さも必要になりますからね」
「はい、それなんですよ。僕が辞めたい主な理由は。恥ずかしい話なんですが、僕は最初魔王城の門番だったんです。それが、先代魔王が城を去るということで適役が見つからず、巨体でそれっぽいという理由で、仲間達に担ぎ上げられ魔王に就任したんです」
「なんと、凄いスピード出世ですね」
「いいえ出世だなんて、最初は無理だと主張しましたが、同僚達の押しに負けてしまって……」
「それで現在に至る、と」
「今更ですが、本音を言うと魔王になんてなりたくなかったんです。みんなから恐れられるし、闇魔法ぐらいしか覚えられないですしね。僕、こんなナリではありますけど、もっとこう弱い人達を助けたり、人に頼られたりする職に就きたいんです」
……、すいません、前言撤回致します。
魔王にしておくのもったいないほどの善人でいらっしゃいます、このお方。
「忠臣にはこのことを打ち明け、理解してもらいました。それに魔王城には魔王急募の貼り紙をつけてきましたし、今更戻れませんから」
「そんなことして大丈夫なんですか!?」
まだ希望のジョブが見つかっていないというのに、事実上魔王の肩書きはあるとしても、自ら帰る場所を消すなんて。
電池ギリギリなのにセーブしないまま勢いでボス部屋突っ込んじゃうぐらいの潔さです。
これは責任重大だ。
「分かりました。そこまでお客様が仰られるのでしたら、ご希望のお仕事を満足ゆくまで紹介させて頂きます」
大事なお客様を路頭に迷わせるわけにはいきませんもの。
私、職業紹介人の名にかけて全力でお力添えをしなければ。
「豪華客船に乗ったつもりでご安心下さいませ!」
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