第三話 対決! 親玉をぶっ倒せ!

 ポポンが初めて飛行上着フライングジャケットを着たのはリサが里を離れて一週間ほどした時だった。

 初めは興味本位だった。

 特にこれを着てどこへ行こうなどとは考えてはいなかった。

 だが空へと飛んだ瞬間、ポポンは息をのんだ。

 ポポンはその場所から見える景色に圧倒されたのだ。

 そこでポポンは初めて知った。

 自分の知らない世界があることを。 


 しばらくは夢中になって空を飛び続けた。

 今まで里の中でしか生きてこなかったポポンにとってそこは、どこまでも広がる自由な世界だった。

 だがそれもいつか終わりが来る。

 魔力が切れ、空を飛ぶことができなくなったのだ。

 リサから魔力が切れた際に訪れるといいと教えてもらったトヒ族の青年の元へとポポンは向かった。

 その青年の名はレイド。

 レイドは若くして魔道具店の店主になった商人だ。

 ポポンは彼に飛行上着フライングジャケットの魔力補給の方法を教えてもらいながら、レイドが話す外の世界についての思い出話を聞いていた。


 ポポンはレイドの話す外の世界に憧れに近い感情を抱いた。

 それと同時、里の皆にもレイドが語る外の世界の素晴らしさを伝えたいと思った。

 そこでポポンは、リサが何故旅記者になると言い出したのかがわかった気がしたのだ。

 彼女は、きっとこうして何処かで外の世界の事を知り、それを皆に伝えるために出て行ったのだと。

 そうしてポポンは里の皆の反対を押し切り、リサと同じように旅記者になるために外の世界へと飛び立っていった。



****



 悪党の親玉を空から探す最中、ポポンは里を出る前に父から言われたことを思い返していた。


——外の世界は、お前の思っているような場所ではない。


 その時の父の表情はとても厳しいものだった。

 だが、当時のポポンはその言葉をまともに聞こうとはしていなかった。

 旅に出る子が心配だから、ただポポンを行かせまいとして誇張して言っているのだと思っていた。

 そして実際に旅記者になり、今まで見てきた外の世界は、レイドの話通りの世界だった。


 例えば、ある村にいた料理人。

 彼は村の悩みの種であった凶暴な魔物を自身の料理で手懐けてしまった。

 ポポンも食べさせてもらったが、危うくその村に住み着いてしまうところだった。

 例えば、ある町で観た人形劇。

 内容はよくある御伽噺。

 しかしその人形劇で使われていた人形は、糸で操られることはなく、自立して動いており、さながら生きているかのようだった。

 どういう仕組みなのか聞くためにその人形劇をやっていた者を探したが、見つかることはなかった。

 例えば、ある場所にあった不思議な洞窟。

 その洞窟の中には金銀財宝が隠されているだとか、仙人が住み着いているだとか、様々な憶測が飛び交っていた。

 だがどれも確かめることはできずにいるという不思議な洞窟。

 ポポンも本当の事を確かめるために洞窟へと入っていった。

 だが何度入っても入口へと戻されてしまい、奥へとたどり着くことはできなかった。

 現地の者に聞いてみたところ、洞窟の内部構造が入るたびに変わっているのではないかとのことだった。


 ポポンが見てきたそのどれもが驚きや感動に満ちていた。

 そしてそれは、未知であっても決して恐れるものではなく、むしろポポンの外の世界への想いを強くするだけだった。

 ポポンは父の言葉を記憶の彼方へと追いやっていた。


「これが、外の世界?」


 思わず呟く。

 この場所に来たのも、ギサウ族のお姫様という未知へと逢いに来た為だった。

 それが今、全く別の未知に遭遇している。

 それもとても恐ろしいものに。

 

——外の世界は、お前の思っているような場所ではない。


 ポポンはまた、忘れかけていた父の言葉を脳裏で再生する。

 父は知っていたのだろう、外の世界には物騒なこともあるのだと。

 それでもポポンは、外の世界へと出てしまった。

 ならば知らなければならないとポポンは思った。

 本当の外の世界を皆に知らせる為に。


 しかし、いったい悪党達はどこに隠れているのだろうか。

 こうして空から探せばそれらしき者はすぐに見つかるだろうと思っていたが……

 もしかすると、もう撤退したのかもしれない。

 そう思い街の周りも眺めてみるが、誰かがいるというわけでもない。

 逃げたわけではないならば一体どこへ……

 いや、まて。

 あの悪党達はギサウのお姫様たちを襲うと言っていた。

 ポポンは、慌てて城まで戻る。

 リオンが安全だと言っていたので見向きもしなかったが、城の裏口付近に、悪党達が集まっていた。

 城の人たちに被害が及ばないように早くリオンに知らせなければ!

 ポポンは全速力でリオンの元へと急いだ。


「なに? 城の裏口に奴らがいたって?」


 ポポンはしきりに頷く。


「あいつら何が何でも姫さんに会いたいみてえだな……」


「とにかく急ぎましょう!」


 

****



「いいか、野郎ども!」


 ポポンたちが城の裏口まで近づくとその声は聞こえてきた。


「今からワシらはこの城ん中に突っ込む! 金銀財宝がっぽり奪ってこいや」


 おおおおおおおおおおおと雄たけびを上げる悪党達。

 その数は10数人程か。

 その中でも一際でかい輩がきっと親玉だろう。

 

「リオンさん、どうします」


「……どうしますも何も、アイツらを止めるだけだ」


 リオンはそういうと、ゆっくりと、そして堂々と悪党達の前へと歩み寄っていった。


「おい、クソでか野郎」


 見た目そのまんまの煽り文句に、悪党達は振り返る。


「なんだおめえ、ワシらになんの用じゃ」


 クソでか野郎はリオンに刺すような目を向ける。


「オレはリオン、騎士だ」


「お頭! こここいつです! 俺らを邪魔してやがる奴っすヨ!」


「ほう、こんなひょろっちいのがな」


「デカけりゃいいってもんでもねえだろ」


「……で、おめえさんはワシらを邪魔しに来たんか」


「邪魔じゃねえ、ぶっ倒しに来た」


「ぶぁっはははははっはあはは!!」


 クソでか野郎はリオンの言葉を聞いて、大笑いをした。

 それをみてリオンはすこしムッとした顔になった。


「ぶっはは、おめえごときにワシが止められるとは思わんがな」


「お頭、こんな奴俺たちがやっちまいますよ」


「やめとけ、おめえらじゃ返り討ちに遭うだけだ」


 ズンと地面を揺らし、クソでか野郎は巨斧を振り回しながらリオンへと近づく。


「おめえ得物はないんか、はよう手の内晒せ」


 どうやらリオンが武器をだすまで攻撃する気はないらしい。


「ふん」


 リオンは珠を取り出し、ライオソードをどこからともなく呼び出した。


「ほう、なかなかおもしれえことすんな、おめえ騎士じゃなくてマジシャンなんじゃねえのか」


 その言葉に悪党達は一斉に笑い出す。


「うっせぇ、ほら、御託はいいからかかって来いよ」


「おうわかっとるわかっとる、ぶはは! ほいじゃいくでぇ!」


 ニヤつきながら親玉は、その巨体を屈めると、そのまま全身をバネのように使い、リオンへと突進する。


「避けてみいや若造!」


 速い! これはさすがのリオンでもよけきれない!

 ポポンはそう思い、目の前で起こる参事から目を背けた。

 そしてやはりとてつもない衝撃がビリビリとポポンの体を揺らした。

 何が起こったのか、恐る恐る目を開き確認する。

 大量の砂埃、直撃したのだろうか……。

 だが次の瞬間ポポンは目を疑った。

 砂埃が晴れ、そこにあったのは、巨体を受け止め笑みを浮かべるリオンの姿だった。


「へっ、避けてみろなんてよく言うぜ。避けたところで追撃するつもりだったんだろ?」


 してやったりといった表情でリオンは親玉と対峙する。

 親玉は思わずと言った感じでリオンから距離を取る。


「……やるな若造」


「オレはリオン、騎士だ。そしてあんたの誤算は、このひょろっちい奴に突進を受け止められるようなパワーがあったことだ。まさか、これであんたの手の内は全部晒した、なんて言うわけじゃねえよな?」


 リオンは余裕綽々で親玉に言葉を浴びせる。

 さっきまで嘲るようにしていた親玉から、笑みが消えた。


「なるほど、ワシんとこの連中が歯が立たんわけがわかったわ。こんな隠し玉をギサウの連中が持っとったとはな」


「ん? あんたそれは勘違いだ」


「なんじゃと?」


「オレは別にギサウの奴らに雇われてるわけじゃねえ」


「なら、なぜワシらの邪魔をする」


 リオンはくるくるとライオソードを弄びながら事も無げに言った。


「あんたらこそ誰かに雇われてギサウの姫さんを襲ってるんじゃないのか?」


 親玉の眉がぴくんと動く。


「おめえ、何者だ」


「オレはリオン、騎士だ」


「ただの騎士が個人で動くはずがねえ……、おめえは」


 親玉は何かに気付いたようにリオンを見る。


「おめえ、どこの種族だ」


「シシ族」


 それを陰から聞いていたポポンも、親玉も絶句した。


「シシ族だと……? 冗談はよせ、いくら力自慢だからってそいつを名乗るのは恐れ多いぞ」


 あのリオンがシシ族?

 そんな、馬鹿な。

 だって、シシ族は……


「もう一度言うぞ。オレはシシ族のリオン、騎士だ」


 シシ族。

 かつて、王者として君臨していた種族。

 そして、はるか昔に滅亡したとされている種族。

 閉鎖的な里の中でですら知りえる事ができたほどの常識めいた事実。

 シシ族は絶滅しているのだ。


「冗談は大概にせえや!」


 再び親玉は突進する。

 それをみてリオンは、つまらなそうにしていた。


「またそれか」


 心底つまらなそうにして、リオンはライオソードを仕舞った。

 そして同じように体を屈め、その反動でリオンは空へと跳んだ。


「馬鹿が、跳んだら隙だらけじゃ!」


 親玉はリオンが跳んだその下で待ち構える。

 リオンは何を考えている?

 すると空からキラリと光る何かが落ちてきた。


「これは……!」


 空から降ってきたのは魔水晶だった。

 そして空からはニヤリと笑うリオンの姿。


「手の内ってのはな、小出しにするもんだぜ、クソでか野郎!!」


 魔水晶が輝きを放つ。

 親玉もそれに気づき慌ててその場から脱しようとする。

 が、間に合わない。

 魔水晶は、爆発した。

 その爆発は、先程お姫様達を襲ったものと同じものだった。

 リオンが遅れて地面へと降り立つ。


「道具を使うんなら、相手にも使われる覚悟ぐらいしとけ」


「卑怯だぞ……若造」


「うっせぇ、いきなり現れて奇襲をしたのはてめえらだろうが」


 親玉はその場に崩れ落ちた。

 周りで見ていた部下たちも同じようにダウンしていた。


「おい、ポポン。こいつら縛り上げるから手伝ってくれ」


「あ、はい!」


 リオンはすごい。悪党達をたった一人で撃退してしまった。

 感心しながら、完全にのびている部下たちを縛る。


「おい、起きろ、クソでか野郎」


 気を失っている親玉にリオンはバチバチと往復ビンタを浴びせる。

 やがて親玉は目を覚ました。


「……糞が、解放しやがれってんだ」


「ダメだ、それよりも聞きてえことがある」


「はっ、何聞かれても言うわけなかろうが」


 リオンは無言でビンタをかます。


わはっは、いひまふわかった、いいます


「それでいい。単刀直入に聞く。何しに来た」


 それは、リオンが知りたいことでもあり、ポポンが知りたいことでもあった。


「……盗みにきたんだよ」


「何を?」


「金銀財宝、金目の物さ」


「……それ以外には」


「それ以外だと? そんなもん……」


 リオンは平手を構える。


「……珠だ」


「珠? それって」


 ポポンはリオンを窺う。

 リオンは、喜んでいるわけでも、落ち込んでいるでもない微妙な顔で次の言葉を待っていた。


「ギサウの連中が大事に持ってる珠を取ってくりゃ大金をくれるって言ってたやつがいたんだ。だからそれを奪いに来た」


「そいつの名前は?」


「すまん、本当にそれはわからねえ。一切お互いの情報を交換してねえんだ」


「そうか、わかった」


 用事は済んだとばかりに踵を返し、城へと向かうリオン。

 ポポンも後についていく。


「お、おい。これ外してくれねえのか」


「大丈夫だ、その内誰かが外しにくる」


「本当かよ、若造」


「ああ、本当だ」


 本当なのだろうか……


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