第一話 大スクープ?

 様々な生命が息衝く世界、バース。

 その空を飛行機雲を作りながら飛ぶ影が一つ。

 彼の名はポポン。

 新米旅記者として旅に出たキヌタ族の少年。


 彼はとあるルートから入手した飛行上着フライングジャケットを着て、澄み渡る青空を、目的地に向けて軽やかに飛んでいた。

 装着しているゴーグルから覗く眼下の世界は、彼にとって余りにも新鮮で刺激的で痛快なものだった。


 だが何よりも、彼の気分が高揚しているのは他の関心事があるからだった。

 向かっているのはギサウ族の城下町。

 近日そこで、表に出ることのなかったギサウ族のお姫様が遂にお披露目される事になっている。

 ポポン自身の関心事でもあるが、世間が今回のお披露目にかなりの注目を集めているのも事実だ。

 新米旅記者として、手柄を立てたいとヤキモキしていたポポンにとってこれはまたとないチャンス。

 飛行上着フライングジャケットが出力限界になるまでに加速し、ポポンは城下町へと急ぐのだった。



***



 城下町へと降り立ったポポンは先程までの快適な空の旅と打って変わって、雑多な商店街の波に揉まれていた。


「あ、すいま……、ぁっとごめんなさい!」


 次々と迫りくる人達を避けようとするポポンだったが、逆に向かってくる全ての人にぶつかってしまっていた。


「こんなにもたくさんの人がいるなんて……」


 世間知らずのポポンは城下町の人々の熱狂を予想していなかった。

 今日はまさしくお披露目当日、皆が浮足立つのも無理はない。

 そして辟易すると同時、これだけの人が慌ただしくしているの見て、ポポンは確信する。

 これは間違いなく大スクープになるぞと。

 自身も乗り遅れることの無いよう先を急ごうとするが……


「こんなに人が多いんじゃ通りようがないや……」


 歩けば誰かに当たる、そんな状況でポポンは進めずにいた。

 そこに何者かの手がポポンに当たった。


「す、すいません!」


 とっさに謝ったが、当たった手の主は何を言っているのかという表情で手を差し伸べていた。


「ほら、いくよ。ついてきてポポン」


「え、あぁぁ、あの……?」


「こんなとこで止まってると邪魔になるでしょ? わかったらほら!」


 言われるがまま差し出された手を取り人混みの中を突き進む。

 そしてその道中、引っ張る後ろ姿を見てポポンは気づく。


「君は、リサ?」


「えぇ? もしかして気づいてなかったの?」


 彼女の頭に生えている尖った耳がピンと立つ。

 やっぱりそうだ。

 彼女は幼馴染のネツキ族のリサ。

 そして旅記者の先輩でもある。


「リサも来てたんだね!」


「当たり前でしょ? こんな面白そうなスクープなかなかないよ」


 ポポンが旅記者の道を志した理由の一つでもあるリサ、彼女が目をつけたものと同じものを追えているということを知って、ポポンはすこし自分が成長できているのかなと思った。

 ポポンにとってリサは憧れでもあったから。


「はいはーいごめんなさいねー、ちょっとそこあけてー」


 リサは慣れた感じで行く手を阻む人たちを退けていい場所を陣取っていた。

 少々手荒だと思ったが、こうでもしなければここまでこれなかっただろうことを思うと、仕方ないのかなとポポンは考えることにした。


「というかこっちの方がビックリよ」


「え、何が?」


「まさかポポンがここにいるとは思わなかったってこと」


 それは、そうだろう。

 ポポンはリサには旅記者になったことを知らせていなかった。


「まさか、私と同じ旅記者をやってるなんてねー」


 ニヤニヤとしながらこちらを見るリサ。

 その視線はポポンの着ている飛行上着フライングジャケットに向けられていた。


「まさかって、どうせ僕が旅記者になると思ってこれを渡したんじゃないの?」


「さあてね、どうだったかな」


 この飛行上着フライングジャケットはリサから貰ったものだ。

 昔、彼女が旅記者になると言って里を離れる時にお揃いのものを用意してくれていたのだ。

 その当時ポポンは里を出る勇気がなく、彼女が里を離れると言った時も彼女が無事でいられるかが心配だった。

 そんなポポンに彼女は、いつかこれを着て私に会いに来て無事か確かめに来てよと言い、飛行上着フライングジャケットをくれたのだ。

 それでも不安だったポポンはリサがなぜそうまでして外へ行こうとするのか、何故旅記者になろうとしたのかを聞いた。

 その問いに対しリサはこう言った。

 ——世界には私の知らないことがたくさんある。だから私は行くの。

 と。

 そしてリサは旅立っていった。


「おい、そこの」


 思い出に浸っていたポポンは、その声に気付くのに少々遅れた。


「え、は、僕ですか?」


「あぁ、まあ別にお前じゃなくてもいいんだが」


 髪を逆立たせた男はぶっきらぼうに聞いてきた。


「ここがギサウの姫が来る場所か?」


 随分と乱暴な物言いにそれを聞いていた周囲の人も思わず彼を白い目で見るが彼がそれらを一瞥すると皆一様に目をそらす。


「そうだと、思います」


「そうか、礼を言う」


 そう言うと男はマントを翻し、広場の向こうへと消えてしまった。


「な、なんだったんだろう」


 特に巨体という程でもないのに凄まじい迫力を感じた。

 一体何をしにやってきたのだろうか。


「あ、ポポン、もうすぐ始まるよ!」


 そうリサが言うと同時、街の人たちのざわつきが最高潮に達する。

 慌ててカバンからカメラを取り出し、お姫様の登場に備える。

 今回のお披露目は、城下町の凱旋という形で行われるそうで、ポポンたちは広場の見やすい位置にいた。

 まず最初に見えてきたのは重厚そうな鎧を身にまとった護衛らしき兵たち。

 いかにもな厳重警備で、これから始まる事の重大さがひしひしと伝わってくる。

 そうして次々にお城の関係者らしき人たちが出てくる。

 最後に大量の護衛を携えやってきたのは、国王夫妻、その間に。

 ヴェールを被ったお姫様らしき人物。


「あれが……」


 顔はヴェールによって隠れていてよく見えない。

 そして女王によってそのヴェールが今まさに外され——


「伏せろおぉぉお!!!!」


 誰かがそう叫ぶと重厚な鎧を着た兵たちが吹っ飛んだ。

 爆発が起きていた。


「え……?」


 ポポンは目の前で起きた事態に頭がついていかなかった。


「クーデター!?」


 リサの放った言葉もよくわからないままポポンは茫然としていた。


「何やってるの! はやくここをでるよ!」


「ここをでて、どうするの?」


「こんなスクープ、早く記事にしなきゃ!」


 これが、スクープ?

 爆発して、人が飛んで、皆が恐怖に顔を歪めている。

 この状況がスクープだって?


「え、ちょっとポポン!?」


 足が自然に動いていた。

 爆発の中心部へと。


「何してるの!?」


「とりに行くんだ、本当のスクープを」


 嘘だ。

 ただ自分が知りたかっただけだった。

 目の前で起きている事がなんなのか、それを確かめたかった。

 リサは叫んでいたが人混みに流され、いつしか声は聞こえなくなっていた。


「これが、外の世界?」


 こんなことを知るためにリサは旅記者になったのだろうか。

 だとしたら、とんでもない。

 今日ポポンがとりにきたスクープは、ギサウ族のお姫様が城下町の人たちに温かく迎えられる、そんな幸せな希望に満ちたものになるはずだった。

 それがこんな……


「あァん? んだこのガキぃ」


「お頭ァ! なんかガキが残ってますよ」


 薄汚い衣装を身にまとった集団がポポンを取り囲んでいた。


「あの、貴方たちがこんなことをしたんですか?」


 ポポンはそんな質問を投げかけていた。

 通じるかもわからないような問いを。


「そうだヨ、俺たちがやったんだ」


 下卑た笑みを浮かべながら一人が答える。


「なんでこんなことを?」


「なんでだァ? んなもん決まってんだろ、姫さんたちを襲いにきたんだよ」


「だから、なんでそんなことを」


 思わず強い口調になる。

 初めは好奇心だったものが、激しい感情へと変わり始める。


「なんでなんでとうるせェガキだなあ!!」


 集団の一人が棍棒を振りかぶる。

 とっさに身を守るが、もろに直撃し痛みにその場にうずくまる。


「どうするこいつ」


「やっちまえよ、逃がしてもめんどくせえ」


 そんな会話が聞こえるが打撲の痛みが酷く、逃げようにも体が動かない。

 これまでなのかと思ったその時。


「おい、そこの」


 霞む視界の中に先程会った髪を逆立たせた男が立っていた。


「何やってる、早く逃げろ」


 集団の視線が男に集中する。


「んだてめえ」


「オレはリオン、騎士だ」


 リオンと名乗った男は何気なくそう言うと、どこからともなく大剣を取り出した。

 一体どこから取り出したのだろう。


「お前ら、ギサウの姫がどこにいるか知ってるか?」


「やっちまえェ!!」


 集団は各々の武器を持ち男に襲い掛かる。


「オレは聞いただけなんだが……」


 男は剣を構えることも無く、襲い掛かる輩たちを斬り捨てていった。


「おい、いくぞ」


 男はポポンを掴みあげるとその場を去ろうとした。


「……この人たちは?」


「大丈夫だ、死んじゃいない」


「でもさっき斬って」


「……みねうちだ」


 確かに斬られた人たちに血は流れておらず、何かで打たれたようにのびている。

 だが、その大剣は両刃だった。

 一体どうやってみねうちを?


「もういいか」


「あ、はい……」


 有無を言わせぬ態度にポポンは思わず相槌をうつ。

 そして二人はこの場を後にするのだった。

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