第22話 彼女とのこれから
ギルを見送り家の中へと戻ると、アリシアは所在なさげに椅子にちょこんと座っていた。日は沈もうとしており、窓から差し込むその光が彼女を茜色に染め上げていた。
「……やっぱり私がここにいるのは迷惑? あなたと一緒になれるように仕向けた私が言えた義理じゃないけれど」
向かい側の席に僕が着くのを確認すると、アリシアはそう口火を切った。
「君は君の尊厳を守るための行動を取り、僕はそれに乗った。それだけだよ。僕は君のことを迷惑だなんて思っていないし、君の行動を責めるつもりもないよ」
「でもウォッカ氏のご子息は私のことをあまり良く思っていないでしょう」
「ギルのことは気にしなくていいさ。彼は彼、僕は僕だから」
恐る恐るといった調子で探りを入れてくるアリシアに、僕は淡々と答える。
「じゃあ、あなたはどう思っているの?」
単刀直入に、アリシアは茶色の瞳をまっすぐ僕に向け訊いてきた。
「僕は、君が死ななくて、あと婚約者の元へ帰ることにもならなくて良かったと思っているよ。君を救うことができて良かった。けど僕は吸血鬼だから、そんな僕と君がこれから先ずっと一緒にいるのは君にとって幸せなことじゃないかもしれない。それに僕はいつか君のことを殺してしまうかもしれない。それを憂慮している」
「私はこの先あなたに殺されても構わないわ。元々生きるつもりなんてなかったんだもの。そうなればそれは本望よ。……けど、そう言っても、もしそんなことになればあなたは罪悪感を覚えるんでしょう」
それはそうだ。アリシア自身が殺されても良いと思っているか否かが問題ではない。己の給血衝動を抑えきれずに人を殺してしまう自分が嫌なのだ。僕のせいで身近な人が死んでしまうのが、そのせいで傷つく人が出てきてしまうのが嫌なのだ。
「吸血鬼って何の躊躇いもなく人の血を吸い、殺すのだと思っていたの。ノーベルハイドの森に人殺しの吸血鬼がいるって聞いた時、私が死ぬにはその人殺しの吸血鬼に血を吸ってもらうしかないって思ったわ。私はね、自分がどうやったら死ぬのかあまりよく知らないの。女の私に知識は無用の産物。裁縫やマナーだけ身につけていればそれでいい存在だから。他人の手を借りるしかなかったの。人の血を吸い殺す吸血鬼なら、喜んで私のことを殺してくれると思ったの。でも、あなたは違うんだもの」
アリシアはジッと僕のことを見つめる。
「だからあなたには悪いことをしたと思っているわ。けれど、私はロイドに、あの人に虐げられるだけの人生を送るのはどうしても嫌だった。あなたを利用してでもそれだけはどうしても避けたかったの。……私をどうするかはあなたが自由に決めて構わないわ。私はあなたの迷惑にならないように、役に立てるように努力するつもりよ。けど、もし気が変わって私をお父様やあの人の元に帰すのならば殺して。あの人達の元へ帰るぐらいだったらどんなことをしてでも私は死んでやるわ」
「君をお父上や婚約者の元に帰したりはしないよ。ギルが今後そうしようとしたとしても、それは止めるつもりだよ。だからそれ以上殺して欲しいなんて、死ぬだなんて言わないで欲しいな。僕は君に生きて欲しくて、生きて欲しいから君と一緒になる道を選択したんだよ」
「……ごめんなさい」
僕が宥めれば毅然と言い放っていたアリシアはしおらしくなり、謝罪を口にする。
彼女は思い切りが良すぎるのだ。まっすぐではっきりと筋を通すところは彼女の美徳だが、どうにも危なっかしい。けれども、どうしてかいやに素直だ。もしかしたら僕に対して彼女なりに気を遣っているのかもしれない。
「……ねえ、あなたは私のことを気遣ってくれて、こんな私に生きていて欲しいって言ってくれる。とても優しい人よ。今もいつか私を殺してしまうんじゃないかって他人の心配ばかりしている」
そう言いながらアリシアは立ち上がった。
「けれどもう少し自分のことを考えて。あなたがもし私を殺してしまっても、それは私のせいだから不可抗力よ。このままあの人に虐げられ続けるのが嫌だった私のせいだから。そもそもあなたが血を吸うのもそのせいで人を殺してしまってもそれはあなたが半分吸血鬼だからであってあなたのせいじゃないわ。私が言うべきことじゃないのかもしれないけれど、自分を責めたり気に病んだりするのはやめて」
目の前まで来た彼女はそう言葉を紡ぎ終えるなり、僕に抱きついた。
彼女なりの想いの伝え方なのかもしれない。けどこの行動はとても無防備だ。すごく無防備だ。彼女にとって僕は吸血鬼で、男だと認識されていないからこそなのかもしれないが。
アリシアの背に手を置く。温かくて柔らかい女の子特有の手触りがある。彼女の血を吸ってからまだ日が経っていないためか、はたまた痛々しく噛み跡のせいか喉の乾きはあまり感じない。しかし彼女の柔らかな感触をもっと探りたくなり、僕は彼女の身体を、その衝動を悟られたくはなくてゆっくりと引き離す。
「君の気持ちはよくわかったよ。だからそんなに身体を張らなくても大丈夫だよ。今はただ、君が生きていてくれて本当に良かった。それだけを喜ぶことにするよ」
アリシアがどんなに何があってもそれは僕のせいではないと主張したところで、そうは思えなかったが、込み上げた醜い感情諸共押し殺して彼女に対して笑いかけるより他なかった。
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