第21話 告げられた事実

「なあ、お前はこれで本当によかったのか?」

 祖父やメイスン侯爵達が引き上げていき一段落着いた頃、僕だけを書斎へと呼び出し二人きりになったところでギルは口火を切った。。

「アリシアが死にたいと思い続けるような不幸なことにならなくてよかったって思ってるよ」「メイスン嬢のことはどうでもいい。お前はどうかって訊いてるんだ」

 ギルは語気を強める。

「……僕がアリシアと今後もずっと一緒っていうのは正直不安だよ。僕は吸血鬼だから、このままずっとアリシアと一緒にいたら、いつかリリの時のように彼女のことを殺してしまうかもしれない。自分の吸血衝動を抑えられる自信がない」

「俺はお前に、これ以上人間を殺してもらいたくない。もしリリと同じようにメイスン嬢を殺めてしまえば、誰よりも苦しむのはお前だぞ。俺はお前が吸血衝動を抑えきれなくなるような不安要素は排除したい。お前にはせめてひっそりと穏やかに生きて欲しいと思ってる」

「君はアリシアのことを邪魔だと思っているのかい?」

「そうだ。メイスン嬢がお前のところに来なければそもそもこんなことにはならなかった。お前は変わらずひっそりと穏やかに生きていけたはずだった」

「アリシアを責めるのは筋違いだよ。彼女は彼女なりに必死だったし、最終的に彼女を助けようと一緒にいることを決めたのは僕だよ。それにお祖父様やメイスン侯爵達も僕達のことを認めて下さった。もう後には引けないさ」

 アリシアは婚約者であるロイドに虐げられる自分の人生に絶望して死を望んでいた。そしてそれが叶わないとわかった彼女は自分自身の尊厳を守るために、僕を利用した。

 僕も彼女を助けたいと思った。けれどもそれは哀れみだとか同情といった類のもの。僕も彼女も実際にお互い愛し合っているわけでも、夫婦になりたいわけでもない。ただ、こうするより他にアリシアを救うことができなかっただけだった。

「ヘクター・ファリントンがメイスン嬢との仲を認めたのは、お前が吸血衝動を制御できるようになり、人並みに異性と結ばれることができたと思っているからだ。それにお前に添い遂げたい相手がいたとしたら、どんな相手でも否定はできない。お前の母親とラミエル・フロードのことがあるからな。せめてもの罪滅ぼしにお前だけは好きな相手と添い遂げさせようとするはずだ」

「どうしてそこでラミエル・フロードが出てくるんだい? ラミエルは母が好きな画家。それ以上でもそれ以下でもないはずなんだけど」

 ついでに言えば僕も好きな、尊敬している画家ではある。だが何の脈絡もなく出てきたその名に僕は問う。

「ラミエル・フロードは俺の父親がその才を見出し、ヘクター・ファリントンが最も懇意にしていた画家だ。そしてお前の母親が――ただ一人愛した男さ。そしてそれを知ったヘクターは二十四年前にラミエルを貴族の世界から追放した」

「……僕の実家にはラミエルの絵画は一枚たりともなかったけど。ラミエル関連のものは母が所有していた画集だけだったよ」

 もし祖父がラミエルのことを懇意に――彼のパトロンだったのならば、その絵画を誰よりも多く所有していてもいいはずだ。

「元々は誰よりも所有していたが、一枚残らず売り払ったのさ。二十四年前、ラミエルの追放と同時にな」

「お祖父様はどうしてそんなことを……」

 絵画はどれも一点物。特にラミエル・フロード程の画家の作品はそうそう簡単に手放せるものじゃない。彼の作品を気に入っていたのなら、なおさらだ。

「ラミエル・フロードはヘクター・ファリントンの愛娘であるフィオナ・ファリントンに――お前の母親に手を出したのさ」

「……」

「フィオナは元々正妻の子ではなかったが、ヘクターはそんな彼女のことを最も可愛がっていた。だがそれ故に彼女は他の親族からは妬まれ、距離を置かれていた。ヘクターはそんなフィオナを、彼女が好いた男の元へ嫁がせようとはしていた。正統な血筋ではない彼女にはせめて愛する相手と添い遂げる幸せを与えてやりたくて好きにさせていたんだ。だが彼女が愛した相手は貴族ではなく画家だった。それもいわく付きの」

「いわく付き……?」

「夜にしか姿を見せない画家。しかも夜な夜な女の生き血を吸うという。もっとも、お前が半分吸血鬼であることが、いわくがいわくじゃないことの証明となったがな」

「……君はラミエル・フロードが吸血鬼だったとでも、さらに僕の父親だったとでも言いたいのかい?」

 突然告げられた事実への戸惑いから僕の声は震える。

「そうだ。だからこそヘクターは二人を引き裂いた。画家の、それも血を吸う吸血鬼が相手じゃ幸せになれない。激怒したヘクターは最も気に入っていた画家を、二度と表舞台に立てないよう完膚なきまでに追放した」

 二十四年前、突然失踪したとされていた画家はお祖父様の手によって追放されていたのだ。母と恋仲になったことで。ギルはそう言っている。

「どうして君がそんなことを知っているんだい? そもそもなぜ今まで黙っていたんだい? 君の話が本当だとして、いつから君はそのことを知っていたんだい? どうして今、そのことを語ってくれたんだい?」

 堰を切ったように溢れ出す疑問が口をつきつつ、僕の脳裏に母の姿と言葉が蘇る。

――ごめんね、ノエル。あなたが苦労するかもしれないことはわかっていたわ。けれど私はどうしてもあなたに会いたかったの――

 そう言いながら幼かった僕の頭を撫でる母。父無しでしかも吸血鬼であるが故に他の子供達の輪に入れない時、どうしても動物の血を吸わなければならず涙していた時、祖父や他の親族達の間で大きな疎外感を覚えた時、母は事ある毎にそう言いながら僕の頭を撫でていた。そして母は吸血鬼であるということ以外、父のことは一切話さなかった。

「俺の親父の昔話の種の一つだからさ。絶対に口外禁止のな。ラミエルの才を見出したのは俺の親父なのさ。だからその辺の事情はよく知っていたのさ」

 そういえばアリシアも言っていた。ラミエル・フロードを見出し大美術商となったのがギルの父親であるビリー・ウォッカだと。

「俺がこのことを教えてもらったのはリリとお前が婚約した時さ。ヘクターはこのことを口外するのを周囲に固く禁じ、決して許さなかった。当事者である自分の娘に対してもな。こうしてラミエルの失踪は表向き闇に葬られた。俺が今お前にこのことを教えたのはメイスン嬢やへクターを理由にして欲しくないからだ。俺はお前にはお前自身を一番大切にして欲しい」

 ギルは真剣な表情でそう告げた。

「君が僕のことを気遣ってくれているのはわかったよ。僕は僕自身の吸血衝動を制御できないし、もしアリシアを吸い殺してしまったら僕はきっと僕自身を許せない。それに僕が彼女と今後生きていくことにしたのは同情で、愛しているだとかそういった情熱で掴み取った選択肢でもない。お祖父様もなんだかんだで僕のことを想ってくれている。僕には僕自身が一番より良い人生を歩める選択をする権利がある。それはわかってる。だけどアリシアを不幸にはできないよ。彼女は必死で自身の境遇をどうにかしたくて僕のところに来たんだ。それを見捨てるなんて僕にはできないし、そんな彼女を少しでも救う力になれるのであれば僕はなりたいと思う」

”……お願い。私を殺して”

 四日前、僕の前に現れ、雨に打たれた自身にも構わず僕のことをまっすぐ見上げ、そう告げたアリシア。彼女は気が強く素直じゃなくて高飛車なところもあるけれど、聡明で気高くて悪い子ではない。自分に非があればきちんと謝るし、反省もする。凜とした態度で常に相手と対峙するのと裏腹に怯えて震えていたりと脆さもある。

 そんな彼女のことを僕は守ってあげたいと思う。

「僕の愛する人は僕のせいで死んだんだ。もう二度と愛する人と寄り添い合うことはできないんだ。だから皆が言う幸せは、どのみち僕には二度と訪れない。なら、僕はアリシアを救える道を選ぶよ」










 

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