じゃあ、またね

宇苅つい

第1話 じゃあ、またね

■■


「そろそろ冬物を出さなくっちゃ」

 タンスの引き出しから、冬用の自分を取り出した。

 扁平へんぺいに四角く折りたたまれた冬物の私は、体がぺったんこでそのクセ頭は立体物で、その形態はどこぞのお大尽のお屋敷に敷いてある虎の毛皮と酷似していた。顔以外はきちんと和紙で包んである。胸の辺りに防虫剤が二つ並べて載せてある。

 付属の空気入れを使って口からシュコシュコ膨らませたら、そのうちほぼ私と同じ厚みになって、体温も戻ってきたらしく、急にパカっと目を開いた。しばし見つめ合う私と私。


「冬が来たよ、交代だよ」

 そう言うと、目覚めたばかりの冬用私は「おー」とか「うー」とか獣じみた返事をしつつ、もそもそと立ち上がって下着を着け、Gパンを履き、起毛仕立てのトレーナーを着て、最後に厚手の靴下を履いた。私は冷え性なのである。屈めた頭の横の毛がピンと跳ねているので手櫛てぐしで撫でつけてあげたけど、半年掛けて熟成された強固な寝癖は、手を放した途端にまたすぐ跳ねてしまうのだった。そのまま私はもう一人の私の頭をしばらくほやほや撫でてやる。ああ、これからの半年はこの子が頑張るんだなーって思ったから。またも、見つめ合う私と私。


 私の首の後ろに回された指が、ポンと栓を引き抜いた。ぷしゅーと音を立ててどんどん空気が抜けていく。色がもしもあったなら、クラッカーの紙吹雪みたいにとりどりだろう。シャンパンみたいに泡だったよい匂いもするだろう。半年分の私が失せて、私が私から解放される。しぼみゆく体がへなへなと膝を折った。ぺらんと紙がめくれるみたいに腰も曲がった。私の体は畳の上でちんまり三つ折りに折り重なった。


 それを私が見下ろしている。私は跳ねてる自分の髪をちょっと押さえて撫でつけると、薄っぺらになった私の服を脱がせて、指先やおしりなんかの空気の出の悪いところからもしゅっしゅっと扱くようにしてきれいに空気を抜いていく。ちゃんと抜き去っておかないと中からびてしまうので注意。


 収納の手順はいつも同じだ。この後、ベランダの隅で陰干しをして、さっと埃を払ってやる。そうして、きちんとたたみ直して和紙に包んで完成だ。

「またね、私。ゆっくり骨休めをなさい」

 忘れずに、和紙の上に防虫剤を二個載せた。

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じゃあ、またね 宇苅つい @tsui_ukari

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