アーケロンの卵

 

 元々の失敗はリストラで職を失い、たまたま恩師がコネを持っていた宇宙商社に就職した事が始まりだった。


 入社早々、早速、部長に呼び出され地球から2千光年ほど離れたところにある惑星「アーケロン」の駐在を命じられた。

「アーケロン? 聞いた事もありませんが……」

「自然が多くていいとこだぞ」


部長がニヤニヤ笑いながら言う。なんでも住んでいる住人は地球のカメに似た生物から進化した『アーケロン人』だそうだ。アーケロンは銀河連邦の辺境である事もあり、あまり知られていない星だがわが社の営業所がある。駐在員は一人。ところが急に前任者がホームシックにかかって退社してしまったらしい。なにせド田舎の惑星だ。娯楽施設など皆無。仕事といえば、近隣の鉱物資源のある惑星との取引が数ヶ月に一度あるだけ。そんな中、亜人類に囲まれて一人ですごすなど普通の神経では耐えられないらしい。どうも歴代の駐在員も長続きしたものはいないようだ。つまり入社早々、貧乏くじを引かされたという事のようだ。 


 ところで銀河連邦に加盟している惑星には『ワープロード』と呼ばれる交通網が整備されている。ワープロードは、簡単に言えば亜空間でできたチューブのようなものでそれが星から星へとネットワーク状につながっているのだ。亜空間の中では光速の壁など関係ない。宇宙船はワープロードの中を光速の二万四千倍の速さで進む事ができるのだ。


 ……と、いうわけで俺は今、惑星アーケロンに向かう宇宙船の中にいる。船はわが社所有のおんぼろの小型船。自動操縦につき乗組員は俺だけ。亜空間の中では外部との連絡は一切できず、正に監禁状態だ。とにかくヒマ、だ。船に備え付けのビデオライブラリーの類はすぐに見終えて他にする事がない。せまい船内、他に唯一設置されているのは運動不足解消の為に用意された卓球マシンだけだ。俺はもうヤケクソになって来る日も来る日も卓球をし続けた。ヒマで気が狂うよりマシだろう。


 こんな生活が一ヶ月続き……人生を見つめなおす期間をとうに通り越し、無我の境地に入りかけたころ……やっと俺はアーケロンに到着したのだった。

 アーケロン人というのは例えていうなら、ちょうど二本足で歩く海ガメのような格好をしている。大きさは地球人と同じくらいで1.5m~2mといったところ。動きはのそのそした感じだが、好奇心は旺盛のようだ。彼らの言語は地球人には発音しがたいが、そこは自動翻訳機があるので意思の疎通は問題はない。

 アーケロン星は銀河連邦に属してはいるが、やや文化の程度は遅れている印象だ。俺が到着してまず最初に行ったのはアーケロンに異文化の調査に来ている地球人、T博士への訪問だった。T博士はわが社のアドバイザーでもあり、到着したら挨拶に行けとの部長からの指示があった。何か困った事があれば相談に乗ってくれるらしい。


 アーケロン星内の移動には専ら公共の『反重力チューブ』を使う。これは銀河連邦内では一般的に使われている乗り物で21世紀の地球では電車にあたる。ところが移動中、住民が俺をジロジロ見るのが気になって仕方がない。どうも俺の存在が気になって仕方がないようだ。


 T博士に訪問して、雑談中にその話になった。

「まあ、それも無理からんことじゃよ」

博士の話によれば、アーケロンには他の惑星からの旅行者や移住者がほとんどいない。見渡す限り亀、ばかり。だから異星人というだけで注目のマトになってしまう。なにしろ、アーケロンをおとずれた異星の旅行者の中には何もしていないのに目立ちまくったせいでCM撮影のオファーが来たり、そのままタレントに転進する者までいる。おかげで俺もどこへ行っても住民達にジロジロ見られると言う訳だ。別にアーケロン人達に悪気があるわけではないのは分かったが……。どうも何か腑に落ちないような気がしつつも、俺は宇宙船兼営業所への帰途についた。


 帰りのチューブに乗っていると、やはり乗客達の視線が気になる。すると、一匹の子ガメがおずおずと近づいて来た。一体何事かと思ったらなんと、サインをねだられた。


 アーケロンに来て数週間が過ぎたが、全く仕事がない。鉱物資源の取引はまだ数ヶ月先だ。その間、やたら新聞、雑誌、TVの取材の申し込みがあった。内容は何のことはないアンケートからインタビューの申し込みまで。わが社の方針としては宣伝にもなるのでこの手の取材はできるかぎり受けろ、との事だ。俺はいやいやながらも雑誌のインタビューを受ける事になった。よくある『話題の人に聞く』みたいな扱いだ。宇宙船まで取材に来るというので仕方なく待つ事になった。

 インタビュアーは業界誌の美人記者……と、もっとも俺から見ればただの雌亀だが。経歴、趣味からはじまって、何でこんな事を聞くのかわからないような、少なくとも俺の仕事内容とは関係ないような質問が続く。好きな食べ物は? という質問をされたので、俺は少し考え答えた。

「卵。ゆで卵ですね」

俺が答えた瞬間、不思議な事に場の雰囲気が妙な雰囲気に包まれた。

すると突然、記者、カメラマンやあと数人来ていた雑誌のスタッフの全員動きが、一瞬止まったかのように見えた。ははあ、翻訳機の調子が悪かったかな?

「す、すみません。……今良く聞こえなかったのでもう一度お答え願えますか」

「これですよ」

俺は船の保管庫にしまってあった鶏の卵を持ってきた。とそれを見るなり美人記者は聞きなれない妙な叫び声をあげて卒倒した。

「グワッ!!」

地球人でいえば『キャーッ!!』といったところか。残りのスタッフも騒ぎ出し混乱状態だ。

「お、おいっ、卵だぞっ!!」

「なんという事だ。信じられんっ!!」

どうにか翻訳できたのはこの二言のみ。何が原因かわからないが、異常な興奮状態にあるようだ。俺はどうする事もできず、呆然と見守るだけ。

 とにかく、ひとしきり大騒ぎした後、アーケロン人達は気絶したインタビュアーをかついで出て行った。俺は何があったか全く理解できなかったので、とにかくT博士に連絡する事にした。


 立体TV電話に出たT博士は事のあらましを、ふんふんと聞いていたが卵をインタビュアーに見せるくだりで飛び上がった。

「ぬぁにっ!? 卵を見せただとっ!?」

「な、何かいけませんでしたか??」

「いけないも何も最悪じゃよ」

答えると博士は説明を始めた。

 何でもアーケロン人は見ての通り、地球の海ガメに似た生物から進化した。つまり彼らは爬虫類に近い生き物、したがって卵生なのである。

「と、いっても地球の亀と違って交尾はしない。そこは地球の鳥類や魚類と同じく、生み出された卵に雄が精子をかけるスタイルじゃ」

「はあ」

俺の生返事に博士はじれったそうに話を続ける。

「わからんかね? つまり彼らのオスのリビドー(性的欲求)は卵を見る事によって引き起こされるのじゃよ。彼らのメスは発情期になると産卵し、意中のオスを連れてきて卵を見せる。オスはそれを見て発情しめでたく受精となるわけじゃ」

話を聞いているうちに俺もだんだん事情が飲み込めてきた。

「すると鶏の卵を見せるという行為は……」

「たとえ鳥類の卵であっても自分達の卵を強く連想させるじゃろうな。まあ彼らの卵は完全な球形じゃが。我々に置き換えてみればえらくヘビーなポルノを見せ付けられたようなもんじゃろう。あるいはインタビュー相手が突然服を抜き出し全裸になったようなものかな。とにかく彼らにうかつに卵のたぐいを見せる事は禁忌なのじゃ!!」

ここまで博士は一気にまくしたてると大きなため息をついた。

「とにかく、卵に似た丸い物はここではわいせつ物扱いなのじゃ。一体、これくらいの事は引き継ぎの注意事項になかったのかね?」

「それが前任者は退社してしまった後だったのでろくな引継ぎもなかったのです」

さすがの俺にも事の重大性がわかってきた。とにかく愚痴を言っていてもしょうがない。俺は博士との電話を切ると善後策を練る為に部長と相談すべく、地球へのホットラインをつないだ。


 部長と相談して社の異星の法律担当の顧問弁護士に対応を依頼し電話を切ると、早速先ほどの雑誌社から抗議の電話がかかってきた。えらい勢いでいわく、「よりによって卵を見せるとは何事だ! インタビュアーの女性記者はショックで入院してしまった。スタッフもおかしくなって全員病院へ行っている。このままでは傷害罪で訴訟も辞さない!!」だそうだ。すぐに回線を顧問弁護士につなぎ、そちらと交渉してもらう。


 雑誌社との話はすんなりとまとまらずいろいろもめた後、どうにか異星間の文化摩擦による事故と言う事で話はついたようだ。わが社としては口止めも含めて相当な額のキャッシュを雑誌社に払ったようだ。何せわが社の社員が白昼堂々、卵を見せたなんて事が知られたらアーケロンで商売ができなくなるようなイメージダウンだ。俺は部長にこっぴどく叱られ減給処分となった。俺はうんざりしながらもとりあえず宇宙船の保管庫に残っていた卵を一つ残らず叩き潰した。


 一段落したので俺はこのままではいかんと思い、遅ればせながらアーケロン星のデータベースでアーケロン人の生態、および文化を学習する事にした。学習でわかった事だがアーケロン人の卵というのは鶏卵より一回り小さく全くの球形だ。しかも真球に近いほど性的魅力がある、のだそうだ。これは一般には生物学的に対称性が高いほど優良な個体、とかいう説を聞いたがあるがそれと関係しているのだろうか。アーケロン人というのは一応発情期はあるのだが、基本的には雄は卵さえ見れば一年中発情は可能のようだ。また一旦発情すると理性のタガがはずれて暴走する者もしばしばいるようだ。アーケロン人の文明の歴史はまだ浅い。二百年ほど前、銀河連邦がこの惑星に来るまでは未開の生活を送っていた。まだまだ野性味が残っている、という事なのかもしれない。


 俺は日々、日常生活は以前よりは慎重に行動するようになった。だが、あいかわらず取材を受けたりTVに出たり、まるでタレントもどきのような生活を送り続けていた。別に俺は全く望んでいないのに正に売れっ子タレントといったところだ。会社としてはただで自社の社員をアピールするチャンス、何がきっかけで商売に結びつくかわからないとの考えからだが俺としてはいい迷惑だ。とにかく、アーケロン人は異星人に対して好奇心が強すぎる。しまいには仕事以外のプライベートな時間も常時監視されているような気分になってしまい、すっかりノイローゼ気味となった。


 三ヶ月後、俺は鉱物資源の取引を終えた。アーケロンに来た理由であるこの仕事はわずか一日で終了した。これでまたあと半年は取引がない。俺は取引先のホテルで契約をかわした後、事務所兼宇宙船に戻ると部長に配置転換を願い出よう、それがかなわなかったら転職しようか、などとぼんやり考えていた。今なら前任者の気持ちも分かる気がした。と、そこへ急に船の入り口が騒がしくなり扉をノックする音が……。俺が急いで出てみると数名のアーケロン人がいた。どうも立体TVの番組のクルーのようだ。


 「どうも~こんにちは。毎度おなじみ、『電撃お宅訪問』ですっ! 本日はこちらにおじゃまいたします!!」

有名人の家に生中継でアポなしで押しかけるアーケロンの人気番組だ。やらせじゃなく本当にアポなしだったのか。

「すみません。アポなしの取材はおことわりしていますので」

相手は強引な事で知られるこの番組の名物人気レポーターだ。

「いいから、いいから。カメラさん、入って!」

この、20世紀の地球の日本のTVのようなノリが今のアーケロンのトレンドなのだが、実際に来られると本当に迷惑である。TVクルーたちは強引に宇宙船内に入ると部屋を物色しはじめた。俺は制止を続けるが多勢に無勢、彼らは全く意に介さない。そうは言ってもそう広くない船内だ。大して見るものはないし、ましてやTVで放送しておもしろい物はない。唯一、危険と思われる卵もこの前に廃棄してある。一通り見たら帰るかと思ったのだが……。


「おおっ!? これはなんでしょうか??」

レポーターが声を張り上げる。むっ、なんだろう。奥の部屋でレポーターがカメラに向かって指し示しているのは、例の卓球マシンである。アーケロンに到着してからは全く使用していなかったので俺は存在をすっかり忘れていた。なぜか、原因不明のイヤな予感が俺を襲う。とにかく彼を止めなくては。だが、間に合わなかった。

 動かし方が分からない卓球マシンをレポーターが強く揺さぶると同時にマシンに取り付けられたボール供給用のホースがはずれ、中に格納されていた大量の『ピンポン玉』が部屋中にぶちまけられた。それと同時に船内のアーケロン人達は一種異様な恐慌状態に陥ったのである。

「うおおおっ!こ、これはなんだっ!!」

「丸い、なんて丸いんだっ!!」

「白い!、白い!!……」

もう、彼らの目はうつろ、涙、よだれ、その他もろもろの体液を垂れ流し話す言葉ももう意味不明だ。大量のピンポン玉に埋まりながら皆、正気を失っていた。ピンポン玉、ただのピンポン玉が彼らにとっては生物としての根源を直撃するようなショックを与えたのである。そして、この映像が生放送でアーケロン星全体に流れた。この番組は視聴率40%を誇る人気番組だった為、最悪の事態となった。視聴者は呆然自失になる者、狂ったように暴れまわる者、さまざまだったが唯一の救いは雄のアーケロン人が雌を襲う、というケースはなかった事だ。これは彼らの性生活を考えれば当然の事ではあるが。


 俺は番組の放送直後、動けなくなったTVクルーを宇宙船外に追い出し、そのままアーケロンを脱出した。惑星アーケロンは俺を欠席裁判で禁固六千年とし、全宇宙に指名手配した。番組の影響は深刻でその年のアーケロンの総生産は5%減ったという。


 俺の現在の身分は指名手配犯、職業は密輸業者だ。捨てる神あれば拾う神ありでアーケロンへの密輸で大もうけをしている。密輸品目はもちろん『ピンポン玉』だ。もっともアーケロンのヤツラに言わせると『アダルトグッズ』なのだそうだ。



(了)

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SF短編集「アーケロンの卵」 印度林檎之介 @india_apple

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