ジャングル人生


きっかけは三連休だった。地方のさびれたリゾートに一人旅に出よう

と思ったのだ。


リゾートは元は温泉街だったようだ。例によってバブル経済と呼ばれ

る日本に勢いのあった頃、無理な開発をしていろいろな施設を作った

ところでバブル崩壊、推進していた第三セクターも解散、民間に払い

下げ、転売の連続。今、残っている施設も誰が持ち主だか、土地の者

でもわからない。


俺はむしろ、夜の工場や巨大施設の廃墟など、好物な方だ。


バブルの残骸=かろうじて稼動している施設もあるが=を見学しつつ

温泉を楽しむか……と思い散策していたところ、大きめの旅館ほどの

施設を見つけた。入り口の木の看板には「ジャングル風呂」と書いて

ある。


「ジヤングル風呂かあ」


プール型の風呂に熱帯植物等をかざりつけして、ジャングル気分を味

わう一種のアトラクション的な施設である。裏手には温室らしき部分

もある。昔は結構あったような気もするが、最近とんと見た事はない。


入り口を入ると番台があった。昔は普通の風呂屋だったらしい。番台

の気難しそうな親父に五百円払うと(リゾート施設にしては安い)

広い脱衣所には俺一人だけだった。ガラリと引き戸を開けて中に入る。


中はモアッ~とした湯気、というよりは靄か霧が立ち込めている状態。

奥に行くほど視界が悪くなる。あちこちに驚くほど育った熱帯植物…

…、その間のあちこちに子供用プールほどの大きさの風呂がある。


「一体、どこまでこの風呂は広がっているんだ?」 


さらに奥に行くと流れのある大きな風呂があった。よくある流れのある

プールが三メートル程の川のようになったものだ。


これに入るか……と、足を入れた瞬間、ツルリと足がすべり風呂の中に

投げ出された。あわてて立とうとするが意外に流れが早く、しかも深い。

あっという間にどんどん流されるのだが、全く足がつかないどころか、

「川幅」が異様に広がっているようなのだ。


「ばかな、ここ施設の中だろ!? まるで本物の川じゃないか!」


ようやく岸につくと、手に泥がついた。


「泥?」


あわてて見回すと、周りはうっそうとした森の中。気温が高く湿度も高い。

植物は熱帯性のものばかり・・と、後ろでごそごそ音がする。ふりむくと

ワニがいた。体長ざっと四メートル、大きく口を開けている。


「わ、ワニ~!!!」


とっさに手近にあった枝の破片をワニの口に放り込む。ワニは反射的に口

を閉じる。そこへ、全体重をかけて口を押さえつける。ワニは口を開く筋

力が弱く、押さえつけられると開けないのだ。大声を出し、相手の目にか

じりつくしぐさを見せる。ワニはあわてて、水の中に退却しようとする。

水際ぎりぎりまで口を押さえて、サッとジャングルに逃げ込んだ。ワニは

陸上でもかなりの速さだ。しかし、追ってはこないようだ。


ワニがいる川に戻るわけにはいかない。俺はジャングルの奥に進んだ。


ジャングルは歩きにくい。しかも俺は風呂に入るつもりだったので全裸だ。

とりあえず、木の繊維を腰にまいてツルで縛る。足も丈夫な葉で、即席の

サンダルを作った。手ごろな木の枝を捜して、杖がわりにさらに奥へ進む。


かなりの奥まで来た頃だ。ズシン、ズシンという地響きと女性の絹を裂く

ような悲鳴。


「キャーッ!!!」


都会でなら逃げ出すところだが、今の俺にはここを脱出する唯一の糸口だ。

早速近づいてみると、唖然とした。


半裸の女性を恐竜=ティラノサウルスに見える=が追いかけているのだ。


「嘘だろ……」


にわかには信じがたいが、本当なんだから仕方ない。あの女性が食われちゃ

ったら、出口も聞けないし精神衛生上、よろしくない。しかし、あんなのに

勝てるわけない……ええい、ままよ!とにかくアタックだ。


俺は木に登り、太い枝の上に立つとあの、偉大なジャングルの英雄(ターザ

ンの事です)のマネをして左手を腰にあて、右手を開き口に添え、大声で叫

んだ。


「ア~アア~~!!」


ティラノサウルスは(女もなのだが)聞きなれない叫びにびっくりして、立

ち止まる。そこへ、ロープがわりにツルにぶらさがった俺がスパイダーマン

よろしく顔面にぶつかったからたまらない。全く予想していない事がおきる

と、人は激しく狼狽する。(ウソだと思ったら、ゴキブリを叩こうとして逆

にこちらの顔に向け飛んでこられた時の事を想像されよ)ティラノサウルス

も同じ事だ。しかも俺は情けない事にティラノの顔面への衝突の瞬間、ちび

ってしまっていた。ティラノにとってはダブルパンチだ。ティラノは一声、

「ギャワッ!」

っと叫ぶと、あたふたと文字通り「尻尾を巻いて」逃げ出した。


俺は女に近寄り、質問をあびせた。君は誰?あの恐竜は?どうしたら森を抜

けられる?そもそもここはどこなのか?


女=二十歳前後だろうか……よく見ると非常にかわいい=は完全に怯えきっ

ていたが、俺が命の恩人とわかったのだろう。必死にしゃべりだした。


「×○□△~!」


……さっぱりわからん。娘は言葉が通じないとわかると俺の手をつかみ、ど

こかへ走り出した。


しばらく引っ張られながら進むと、現地人の村に出た。その中でもひときわ、

大きな建物に入っていく。族長の家のようだ。出迎えた族長は娘に事情を聞

くや、二人でしきりに俺に感謝の意を表する。騒ぎを聞いた村人達も話を聞

いて大騒ぎ。


後でわかった事だが、ティラノは現地人どころか森のあらゆる猛獣に恐れら

れた村人いわく「森の王」と呼ばれるはぐれ竜で、(さすがにこんなバケモ

ノはこいつ一匹だけらしい。他に恐竜はいないとの事)それを撃退した俺は

勇者として、迎えられたのだ。娘は族長の一人娘で、勇者である俺は否応無

く彼女と結婚する事になってしまった。


それから、俺の勇者としての毎日がはじまった。森でティラノを見るだび、

例の勇者のポーズ……左手を腰にあて、右手を開き口に添え大声でさけぶ。


「ア~アア~ア~アア~~!!」


その度に、ティラノは急いでその場を立ち去るのだ。これも、後でわかった

事だが、ティラノはメスだった。俺に対するこの間の体験は強烈だったろう。

彼女からすれば、俺を見て「キャーッ、ゴキブリ!!」くらいの感覚だった

と思う。だが、ティラノに襲われていた動物から見れば俺は命の恩人だ。俺

は森の動物から慕われるようになり、猛獣達とも仲良くなった。


俺は文字通り「ジャングルの勇者」となり森の平和を守り続けた。妻との間

にも、三男二女を儲け、長男長女は成人を迎えた。族長の後を継ぎ、村の長

となった。望郷の念は強かったが、自分の新たな使命を果たすうち日常に埋

没していった。


森にはティラノの他にも強力な敵がいた。密猟者達である。彼らは楽しみの

為に平気で動物を殺すだけではなく、毛皮等を手に入れる為、野生動物の大

規模な捕獲作戦を展開する事さえあった。ヘリコプターまで駆使するかなり

大きな密漁組織だ。長年、彼らの拠点を調べていたのだが、山を3つ程越え

た場所に彼らの補給基地がある事がわかった。ここをつぶせば、彼らも大き

な打撃だろう。


俺は、ヘリが出払っている隙に猛獣達と拠点を急襲した。油断しきっていた

ヤツらは逃げ惑うばかり。殺さない程度にさんざんいたぶって、最後に命を

助ける代わりに二度とジャングルに来るな!と脅しつけた。仕上げに基地を

爆破し、完全勝利である。


だが、意気揚々と引き上げる途中、急遽、拠点に引き返してきた敵のヘリコ

プター隊に遭遇してしまった。ヘリコプターからの機銃掃射、俺に敵をひき

つけ猛獣達を逃がす。


ジャングルをすり抜けてまこうとするが、敵は執拗だ。ヘリから拡声器で怒

鳴り声が。密猟者の首領、ガルシアだ。

「勇者、ついに追い詰めたぞ。今度こそは逃がさん!!」

……確かに武装したヘリが三台、逃げ切れまい。

だが今、向かっている目的地につけばあるいは!?


敵の機関砲はかすめただけで風圧で傷ができる。あちこちにを負いながらも、

俺は山あいの目的地についた。俺は勇者のポーズでさけぶ!

「ア~アア~ア~アア~~!!」

すると、繁みの中から、ティラノ「森の王」が飛び出した!!


実は、この場所こそ「森の王」のねぐらだったのだ。ぐっすり眠っていた所

に、大嫌いな俺の声でたたき起こされたのだからたまらない。あわてて飛び

出してきたのだった。

「ば、馬鹿な!ティラノだとっ! う、うわあああああっ」

低空飛行の三機縦列の先頭のガルシア機に「森の王」が衝突、ガルシア機と

そして玉突きで二番機が大破、三番機もバランスを失っている。


今のうちだ。川に飛び込んでヘリをやりすごそう。俺は流れの急な川に飛び

込んだ。思わぬ流れの速さに驚き、必死で岸に泳ぎ着こうとするが、どんど

ん流され……


……ようやく岸についた時、周りは異様に霧の深いジャングルだった。ヘリ

がまだ、追いかけてくるかもしれない。俺はジャングルに飛び込んだ。そこ

で見た光景は、

なんと、ジャングルの中には壁があり、引き戸があった。

不信に思いながら戸を開けると、


ひなびた温泉の脱衣所だった。あの、ジャングル風呂の脱衣所である。


周りの客が突然現われた、髪も髭もボウボウ、毛皮の上着にスカート、鰐皮

のサンダルの男をじろじろ見ている。


俺は30年ぶりに日本に帰ってきた、のだった。


呆然とする俺に30年前と全くかわらぬ、番台の親父がニヤリと笑って牛乳

を差し出した。


俺は、風呂屋の入り口から差し込む夕日に向い、仁王立ち、左手は腰、右手

は瓶、そう、

あの偉大なジャングルの王者のポーズで

一気に牛乳を飲み干した。

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