ブリキのきこり


舞台は……、未来としよう。この話が成立する可能性のある未来。

恋人達の名は……、エミーとニックでもいいのだが、ドロシーとフランシスとしよう。その方がドラマチックではないか?



ドロシーとフランシスは恋人同士であり将来結婚を誓う仲であった。

誰が見てもお似合いのカップルで友人たちもうらやむほどであり、二人が婚約したときには誰もが祝福を惜しまなかった。


だが、運命とは意地悪なものである。

……そう、戦争が始まったのだ。


敵は太陽系のはるかかなた、オールト雲の外からやってきた。

人類はこの敵を『バグ』と呼んでいた。

頭部?とおぼしきところに巨大な三つの複眼がついていたからだ。

彼らは人類をはるかに凌駕する科学力を持ち、やすやすと内惑星圏……火星軌道まで侵入してきた。


人類はロボット兵器を送り込んだが、バグには通用しなかった。

彼らは生物と無機物の合いの子のような存在で、人類の人工知能の思考を読みさらにその機能を狂わせる事ができたのである。

頼みの人工知能が役にたたないと悟った人類は、脳波で直接コントロールする遠隔操縦兵器……ドローンを投入した。

ドローンを操縦するのは誰にでもできる事ではなかった。

才能が必要だったのである。

優秀な青年が多数徴用され、その中にフランシスもいたのだった。

ドローンを操縦するにはドローンから離れているわけにはいかない。

操縦にタイムラグが発生しない近さにいないとならないのだ。

こうしてドロシーを残し、フランシスは宇宙に旅立った。


彼の配属された部隊をしきる曹長は陽気な大男だった。

フランシスに婚約者がいる事を知ると、

「よう、色男」

「女に逃げられしまうぞ」

「お前は無事に帰してやらんとな」

が口癖となった。

ドローン部隊の活躍は目覚しく、バグの艦隊や拠点を次々撃破していった。

だが、ついにバグ達はドローンの指令を出しているフランシスの部隊に気がついた。

そして、総攻撃をかけて来たのである。


フランシスの乗った宇宙船にもミサイルが直撃した。

直撃を受けるドローン指令室。

「フランシス、危ない!」

フランシスを突き飛ばす隊長。

「曹長殿っ!!」

一瞬の後、曹長の体とフランシスの右手は破片でズタズタに切り裂かれた。

曹長が盾になったおかげでフランシスは助かった。

そして、彼は右腕を失った。


フランシスの右腕は義手に変わった。

金属性の実用性、耐久性、一辺倒の無骨なものだった。

最前線であるのでクローニング技術を駆使した生体義手などは望むべくもない。

そして……彼は再び戦線に復帰した。


フランシスは戦場からドロシーに手紙を送った。

通信機器による連絡は許されていなかった。

地球とは離れている上、通信規制もある。

さらにバグによる妨害電波。

前線の兵士達が地球と連絡できる手段は手紙しかなかった。

厳しい検閲を通った短い手紙だけが、ドロシーとの唯一の通信手段だった。


数ヶ月かかって送られてくる戦場からのたより。

検閲でわずか数行、ひどい時には一行しか読めない手紙。

だが、ドロシーにとっては宝物であった。

フランシスがまだ、生きているという証であったからだ。


戦況は圧倒的に劣勢の人類であったが、バグに対し、有利な点もあった。

数世紀以上、時として千年を超える寿命を持つバグは人類にくらべれば、極端に繁殖力が少なかった。

バグがコントロールする宇宙戦艦やロボット兵器は人類を苦しめたが、その絶対数は多くはなかったのである。

二百億人に達していた人類は、数によって敵を分断させる作戦を取った。

よりコントロールしやすくより強力なドローンを次々開発し、そしてより多くの若者が続々と徴用され前線に投入されていった。

戦線はますます拡大し、命の値段は軽くなる一方であった。


フランシスは生き残り続けた。

勇気もあったし、運もよかった。

フランシスは貴重な古参兵として転戦を続けた。

そして、傷つき続けた。


火星撤退作戦で、友をかばって左腕を失い、

バグの地球進行を防ぐ激戦地となったアステロイド戦線で、右足を失い、

ドローンを大量に投入し人命を湯水のように消耗した火星奪回作戦で、左足を失い、

そして、バグの前進基地をたたく木星決戦で、ついに胴体を失った。

今や、フランシスは首から下は金属の人工物となった。


このような状態になる以前であっても、彼の功績と負傷の状況を考慮すれば除隊を申し出たならばそれは受理され、地球に帰る事ができたであろう。

しかし、彼は前線を離れなかった。

フランシスにはすでに、背負うものが多すぎたのである。


ついに人類は太陽系をとりまくオールト雲のはて、バグの本拠地までやってきた。

本拠地に集中したバグの戦力はすさまじく、戦線は膠着状態に陥っていた。

だが人類も多くの同胞を失い、ここで撤退すれば再び攻勢にでるであろうバグの猛攻を今度は防ぎきれない事は明白であった。

バグも人類のドローン対策を着々と進めてきていたからである。


フランシス指揮する部隊はバグの防御ラインの一角、小惑星に設けられたバグの要塞を強襲した。

ここを破壊できれば味方にも逆転のチャンスがありそうだった。

当初は相手のふいをついて優勢であったのだが、敵の抵抗は激しく、最後のドローンも破壊されてしまった。

フランシスは部下達を撤退させ、一人、要塞の奥深くに進入した。


……意外にも進入者に対する攻撃はなく、フランシスは要塞の中央部、司令室と思しき場所に到着した。

司令室には数千年を生きたと思われる巨大なバグが一匹、無数ケーブルがつながり壁面に延びている。

このバグが要塞をコントロールしているのは明らかだった。

背後から近づいたつもりだったがバグは気がついていたようだ。

巨大なバグ=要塞指令=が振り向きもせず、いきなり話しかけてきた。


『隙をついたつもりか? 我々の眼は360度全方向見えるのだ。まったく、こんなところまで侵入してくるとは。お前たちのオモチャが全滅した時点で撤退するのが賢明な判断だろう』

「お前こそ無防備すぎるな。もうちょっと用心したほうがいいんじゃないか?」

『お前たちのオモチャならともかく、ひ弱なお前達になにができる?』


フランシスは戦場ではドローンでバグのロボット兵器を倒すばかりで本物のバグを見るのは初めてだった。

ましてや会話するなど……。


「なぜ我々の太陽系に侵入した? なぜ我々を攻撃する?」

『愚問だな。宇宙から見れば、お前達も我々もエネルギーがエントロピー無限大に拡散する過程でできた、淀みのようなものだ。資源やエネルギーを消費しながら存在している。我々は、ある星系の資源を使い尽くしたら他へ移動する。そうやって進化してきたわけだ。見るところ、お前達の資源の消費は大きすぎる。ムダづかいをするお前達を排除して、我々がこの太陽系の資源を効率よく使ってやろうというわけだ』

『逆に聞こうか。お前は何のためにたたかっているのだ?』

フランシスの頭の中を幾百の思いが駆け巡った。

地球のため?

仲間のため?

そう、そして彼は何よりもドロシーのために戦っているのだ。

『……お前の脳波を分析すればお前の思考は読める。ふむ、それがお前のつがいか。生物としてはありきたりだが、つまらん答えだ』


バグは会話を楽しんでいるようだった。

フランシスの侵入もわざと見逃したのかもしれない。

唐突に巨大な映像が空間に映し出された。

画面に映っているのは、バグに包囲されている地球の艦隊だ。


『この要塞とわが艦隊の構成する防御ラインをお前達が突破できないところに我々の伏兵が背後をついたのだ。お前達はもう袋のネズミだ』


フランシスは銃に手を掛けたが、バグはあざ笑っただけだった。

『ムダなことだぞ。我々の反応スピードの方がはるかに早い』


フランシスが銃を撃つ一瞬前にバグの触手から放たれたビームは正確にフランシスの顔面を直撃した。

次の瞬間、フランシスの体を激しい痙攣が襲った。そして、倒れながらかろうじて構えていた銃からビームが発射されバグを直撃した。

フランシスがロボットではなく、頭部が生身の人間だからこそ起きた現象だった。

バグは驚きと呪いと揶揄と……あらゆる感情のまじった短いうなり声をあげると倒れた。そして要塞の機能は停止した。


バグの包囲網が破れた事で人類の艦隊はかろうじて窮地を脱し、反撃に転じた。

もくろみのやぶれたバグの艦隊はもろく、この戦いで大勢は決した。

ついに人類はバグに勝利したのである。


機能の停止した要塞に再び侵入した部隊の見た物は巨大なバグと相打ちになったフランシスだった。

フランシスの仲間達はフランシスの頭部を回収し、できるかぎりその記憶の回収に努めた。

もう、フランシスはよみがえらない。

しかし、仲間達はそうしないではいられなかったのである。


フランシスの記憶はロボットの頭部に納められ、かってフランシスのものであった機械の胴体にとりつけられた。


ドロシーはずっとフランシスを待っていた。

だが、彼は帰ってこなかった。

そしてある日、彼女を訪ねてきたものがあった。


それは、無骨で大きな金属製のロボットだった。

『はじめまして。私はフランシスの友達です』

「まあ、フランシスの! 彼は今どこにいるのですか!?」

一瞬の沈黙の後、ロボットは言った。

『フランシスから手紙をあずかっています』

ドロシーが封筒を開くとみなれたフランシスの文字があった。


さびしい思いをさせてごめんなさい。

だが、僕はもう帰れない。

今までありがとう。

幸せになってください。


ドロシーは読み終わると、気丈にも口を開いた。

「フランシスは死んだのですか?」

ロボットはうなづいた。

『オールト雲での決戦で要塞攻略中に』

嘘ではない。

「あなたはフランシスとはどういった……」

『親友です。彼と常に共に戦い、彼を見てきました』

これも、嘘ではない。

「あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」


ロボットは一瞬、困惑したかのようだった。

そして口を開いた。

『名前はないんです。製造番号ならありますが』

これは、嘘だ。

彼はただのロボットではないのだから。


ドロシーはしばらく沈黙していた。

そして口を開いた。

「それなら、今日からあなたにお名前は

 フランシス

 でいかがでしょう。

 親友であるあなたが名前をついでくだされば、きっと彼も……フランシスも喜ぶと思いますわ」


今度はロボットが沈黙した。

まるで壊れてしまったと思うかと思われるほどだった。

そして彼は言った。

『ありがとう、ドロシー。

 私は今日からフランシスか』


ロボットは急に何かを思い出したように動きはじめた。

『私はもう、帰らなければなりません』


ドロシーが止める間もなくドアに手をかけると言った。

『さようなら、ドロシー。

 素敵な名前をありがとう』


ドロシーもロボットに言った。

「さようなら、フランシス!」


ロボットはふりかえらずに出て行った。


いったい、ドロシーに他に何ができたろう?

ロボットの足音が聞こえなくなってもドロシーはその場を動かず、ずっと立ちつくしていた。

いつしか彼女は嗚咽をもらし、目からは大粒の涙があふれていた。

彼女はいつまでも泣き続けた。



その後、ドロシーは幸せな結婚をし、家庭を持った。

子供や孫に囲まれ、幸せな生涯を送ったという。



フランシスはあてどもない旅に出た。

吟遊詩人のように星から星へ人類の生活圏の各地をまわり、たくさんの詩を残した。

行く先々で彼を見かけ、ごく稀に尊敬の念をこめて無言で挨拶する者もあった。彼らは決まってバグとの戦いで生き残った元戦士だった。

人々はロボットが詩を作る事を不思議に思いながら、人間の詩人よりも心を打たれ涙したという。

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