第2話
雨が少ない農村で、祭をやっていた。
なんとかしてもらおうと神様にお願いするのに加え、村人たちの英気を養おうと収穫祭を行っていた。
掟が厳しいため、日ごろから溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、少しだけ出店も出ていた。
そこへ真っ白な布だけを纏った子どもがふらふらとやってきた。
村人たちは真っ白できれいな布を纏った子どもを見て、ああ、隣村からきた子だな、と嫌そうな顔をした。
そんなことを知らずに子どもはあっちへふらふら、こっちへふらふら、と興味の赴くままに歩いていたが、しばらくして村人たちの方へ歩いてきてこう言った。
「ねえねえ、あめちょうだい」
ある村人はこう返した
「隣村からやってくるなんて、なんて強情な子どもなんだろう」
「豊作続きのくせに、なにが飴頂戴、だ。こっちが欲しいくらいさ」
などと何もわかるはずもない子ども相手にさんざん村に対する悪口をまくし立てた。
そして、しばらくするとある村人がこう言った。
「お前なんかにやる飴はないんだ!とっとと帰れ!」
そうだそうだ、と他の村人たちもいい、きょとん、としていた子どもに対してさんざん罵詈雑言を浴びせると散り散りになって離れていった。
だが、子どもはきょとんとしたまま動かなかった。
そんな子どもを見かねて、大柄の男が周りを気にするかのように見ながら「ついておいで」と言った。
もちろん、子どもはついていった。もらえるんだと思ったから。
だが、大柄の男は「すまない」といった。
「この村じゃ、お前さんたちの村と違って菓子を作ったりするほどの余裕はないんだ。だからあげることはできない」
子どもはやっぱりきょとんとしていたが、納得した様子でこくり、とうなづいて見せた後、首を傾げた。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「ちょっと待ってろ」
そういって男はその場を後にして、しばらくしてから水筒と握り飯を包んだものを持って戻ってきた。
「隣村まで戻るのにしばらくかかるだろう。途中でおなかがすいたり、のどが渇いたりするだろうから、これを持っていきなさい」
子どもに持たせるとそっと頭をなでた。
子どもは素直に頷いて、にっこりと笑った
「お返しあげるね」
大男は一瞬目を丸くしたが、すぐに子どもの言うことだからと次の日になると忘れていた。
数日後。
今にも雨が降りそうな空の下、またあの子どもがふらふらと戻ってきた。
農作業をしていた村人がそれを見つけて、慌ててどこかへ行ってしまった。
だが、そんな村の変化には気にも留めず、まっすぐある家へと向かっていた。
そう、あの大男の家へと。
子どもは家の前で立ち尽くしていた。
理解できなかった。
あの大男の家のはずなのに、そこは焼き払われていて、立札だけが立っていた。
『禁を破りし者、極刑に処するものとする――』
他にも財産について、家について、家族についてと細々と書かれていた。そして、その原因が他の村の者に水を分けたことだと読み取れた。
「お返し、持ってきたのに」
ぽつり、と地面が濡れた。
「時間がかかっちゃったけど、持ってきたのに」
ぽつり、と子どもの頬を濡らす。
茫然と立っていた子どもの背後から近づく者たちがいた。
「捕まえた!」
子どもを乱暴に押さえつけ、村人が大声を上げた。村長らしき人物が牢に入れろ、と命ずると、子供は牢へ連れていかれ、その間、延々と怨み言を言われ続けたが、反応はなかった。
牢に入れられた後、ある村人がこういった。
「お前のせいであいつは死んだんだ。お前がいなければあいつは死なずに済んだんだ!」
また、ある村人はこう言った。
「お前は運がいい。雨が降ったから今日は殺されないんだから」
それまで無反応だった子どもがそこで肩をピクリと震わせえた。
「………どうして」
「あ?ああ、お前らの村では別に雨なんて大したことないよなあ。けれどな、俺たちの村ではめったに降らない恵みの雨なんだ。そんな日に人を殺したら神様が怒っちまうかもしれないだろ」
まあ、お前みたいな幸せな餓鬼にはわからんか、と村人は笑って離れていった。
「そんなに、欲しいんだ。そんなに、欲しいなら……くれてやるよ」
子どもの瞳には間違いなく、怒りが浮かんでいた。
次の日も雨だった。
番を頼まれた村人は子どもを見に行き――大きな悲鳴を上げた。
驚いて大勢の村人たちと村長がやってきて、皆が皆、目を見開いて牢の中を見た。
誰もいない。壁に血のようなもので書かれた文字があるだけだった。
『そんなに欲しいのなら、ずっとくれてやる』
数日後。
あの不可解なことはなかったことになっていた。
きっとどこかから逃げ出したんだろうっと誰かが言った。
数日後の朝。
ある村人は伸びをしてから満足げに頷いた。
「今日もまだ、雨が降り続いているなあ」
恵みの雨は、大地を潤し続けていた。
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