それは心の中に

@Da-Ya-Ma

 

――は心の底から泣いた。

そんな文末で終わる作品を僕は初めて執筆した。

文芸部に入って何を書いたらいいのかわからず、適当な悲劇を書いた。自分はこの初めての小説をものすごく気に入っている。

主人公は――――といい昔僕をからかい、いじめた奴の名前だ。書き終わった後はとても気分がよかった。目に見える分での最大限の侮辱(ぶじょく)をあいつにしてやったと思っているからである。

誰も気づかなかった。それでいい。復讐はそれで済んだ。

「なかなか、酷な話だね。」

と部長は重い言葉を軽く言う。

こういった悲劇ものが好きだろうか。さっぱりわからない。

だから僕は人間をきらいに思っている。自分自身の最終結論になった。

「……まあ、文章自体はわるくないけど……内容がちょっと表向きではないというか……いや、内容も悪くはないけども……なんというか……」

なぜだかわからないが、部長は強く僕を否定したと思ってしまった。

それもそのはず、この物語は事実を多く含めているから、と作品のせいにした。本当はダメだしされて、むかついただけなのに。

「どうした」

「何でもないです」

 愛想が少しばかり足りなかったか。

クラスの誰からも相手にされずいじめられた日々が終わった十月、僕に陰口を誰も言わなくなった。(単に聞こえていないせいかは謎)受験というものが目の前にふさがり、うろたえるような時期、僕は一番輝いていた。

一五七人の学年の中での順位一五二番の大台から挽回し最後のテストでは、六九番まで上り詰めて、内申が低かったのを除いて最高の締めくくりを過ごせた。ただ、第二希望の高校に入ったこと、奴は僕の第一希望の高校に入った事だけが気がかりだったが。

初夏の七月、遠い昔を思い出す。

「そういえば、――先輩にはこの作品を見せた? あの人にかかれば表現が無限大になるからね」

知っていたがどうしても面倒だった……

「……わかりました」

やっぱり作り笑いは苦手だ。

その後、赤ペン先輩と辞典先生の努力の甲斐あって、見違えるような原作否定も受け止め、へとへとになりながら家に行った。

 最終提出期限があとちょっとで過ぎるのだが、ここまでけちょんけちょんに言われるとなると……

「そうだ、読み直そう!」

最初からそうしとけばよかったのに。

悲劇の主人公は僕をいじめたあいつ。実は深い意味は最初のころはなかったのだが、だんだんと、いじめてやろうという気持ちが芽生えて……。

何が起こるのかというと、まあ単純に『愛していた人がいなくなる』ということ。僕は失恋を『別れる』ではなくて、『いなくなる』と呼ぶらしい。

舞台は中学二年生、主人公と後の主人公の彼女と+αで三角関係ができて、見事、+αは失恋。主人公とその彼女でラブストーリーが始まり、終わる。はずだったのだが、中三のある日、彼女は息をしなくなる。……というストーリーだが、どこが悪いのだろう。ありきたりの学園ものだと思うのは僕ぐらいなのかもしれない。

読み直してもそうにしか思わなくなってきてしまったので今日は寝ることにした。まもなく三時だ。


次の日の朝、また学校につく、まだいじめられない。

話が変わるが、最近僕には意中の人物がいる。前の席の彼女だ。

勉強はまあまあできるが、運動音痴、黒髪ロングのネガティブ眼鏡、とよく後ろ指刺されるらしい。だが、僕は好きだ。

口にはださないが。

「おはよう」といい「おはよう」と返される。

「……近頃話題になっているいじめ問題だが、本校では必ず屈することなく立ち向かう……」担任のなんとか先生がなんか話している。そうやって頑張ったとしても無駄だ、被害者の気持ちまでも変えることはできないから。

「では、後で君は職員室まで。」

 俺…………違う、僕のことを先生は呼んだ?

クラスメイトの視線が痛いが、渋々と職員室まで向かう。

おそらくいじめ関係だろう。被経験者の実体験は貴重な資料になるからな。

「あなたが、――君いじめの主導者ですか。」

 なれるものならならなってみたい。

「違います。」

「そうか……疑ってしまって申し訳ない。」

ドラマの刑事みたいだな。ドラマの。

要約すると、陰湿いじめを繰り返す悪徳君がいじめにあっているらしいとのことだ。因果応報ということかな。それとも、単に飽きられただけか。世の中ってこんなもんだっけ、現に僕もかな。

「……じゃあ、他にいじめられている生徒はいるのか?」

いるのはいるのだけど、名前が思い出せない……

「わかりません。」

「そうか……」

その後、下らない会話を挟み、一時間目、四時間目、と過ぎて行った。

「昨日のテレビ見た?怖いよね~」

と女子が弁当をまともに食べず話をしている。

相変わらず、眼鏡の彼女は一人飯だ。

 そうだ! 思い切って一緒に弁当を食べよう。と思い行動に移した。

「あの~一緒に食べません?」

「いいですよ。」

との返事。うまくいってしまった。

「どこ中学校出身ですか。」

「別に敬語じゃなくてもいいよ。」

「ああ、ごめん。」

この女神のどこが陰湿なのだろう?

「で、出身は――中学校、ここからはちょっと遠いけど……」

割と僕の家から近くのところじゃないか

「どこなの?」

と聞かれる。そういえば、いじめられていたのだった。

 普通に言うべきか迷ったが、「――中学校の近くの学校だよ。」といった。

どうしよう。なんだかまずい方向に進んでいないか?今更だが出身中学校も聞き出せないほどの仲だったのか。

「そういえば弁当、時間中に食べれる?」

いつも遅くまで食べていることを今思いだした。

「あ、もうこんな時間、急がないと。」

 昼ごはんの時間まだ五分もたっていけど。


六時間目が過ぎ、そろそろ帰る時間となった。

「……報道の通り近頃、通り魔が多く、『夜道は出歩かない、一人で帰らない』ことを徹底してください。」

あれは、ここからかなり遠いとこで起きた事件じゃないのか? 特別気を付けるようになるまで世間を騒がせた事件なのか? でも、ここで通り魔が起きることを予言しているのであれば不思議とは思はないが。

「じゃあね。」

と彼女は言い僕もそれに答えた。一人さみしそうに下校する彼女に一緒についていく発想はその時の僕には無かった。

一週間後、彼女は再び僕の前に現れた。どうやら寝ている。息もせずに目を閉じて。

あのあと、彼女は通り魔に会った。犯人はすでに捕まり、これまで五十人程度殺したらしい。

不思議なことに、犯人に対しての怒りや憎しみの感情は湧かなかった。人を簡単に殺める人に対する感情なんて無意味だと思い、それ以前に、彼女が死んでしまった事の実感が全く掴めなかったからである。人は現実逃避と言ってくる。

おはよう、なんで寝ているの。すぐに授業があるから目を覚まさなきゃ、ねえ、聞いている?

僕たちって、こんなに仲が良かったかな。

「なんで寝ている……。」

言葉が自分の口からやっと出て、あとは自分から出る雑音に揉み消された。

「…………おちつけ。」

誰かが呟いてくれた。わかっているって……いや分からない、なぜそんなにもしんみりとした態度だ?

なぜそこまでしんみりしている? クラスメイトが死んだのだよ。いじめていたのにしてもおかしい。ぼくだっておかしいが、わかりきったことだ。心の中では何かしら思っているのか? それだとしても、ただ皆はしんみりとした顔でいるだけ、涙の一つもないのか?ここに泣きじゃくっている奴がいるのに。僕が常識ではないのか?皆がおかしいのか?これが世のマナー?それとも僕のこの目がおかしのか?

――――ふと気が付くと、葬式も終わりのあたりまで来ていた、泣きすぎてつかれて寝てしまったのだろうか。みんな泣いていた。言葉で表せない違和感が生じた。そして言葉で表せない怒りが湧いた。

マスコミがうろついている、通り魔事件の下りで特集を組むのだろう、しつこく、しつこく、悲しみの心を聞き出そうとしている、いいスクープだろう、それでもって視聴率UP、人の命は売り物ですか、真実を追求することをやめたマスコミは大嫌いだ。

インタビューに答える人はほんとうにすごいな……台本あるの? ……あの人に至ってはエキストラだし……僕は一ミリもおかしくなかった。

長い沈黙状態で帰宅した。家はやっぱり良い。誰もいない一人だけの空間だった。

何もすることもなく、自分の部屋に戻る。ここが唯一の自分をさらけ出せる場所だ。

気づいたら壁を殴っていた。自分も何回か殴っていた。

……どうして……

どうしようもないような泣き声をあげた。鳴き声にも聞こえた。誰にも聞こえていない。誰にもわからない……

ふと、あいつの名前が浮かぶ。中学三年の時のクラスメイトの――だ。

必死に数行しかない携帯電話の電話帳であいつを探す。

「久しぶり、元気にしているか。」

友人だっただけあってこの位の挨拶で良かったと思う。

「なんだよ、急に。」

少々、怒り気味か。

「……いや、ちょっと話したくてね……」

「話ってなんだ。振られた?」

「遠からず、近からず、……いや違うのだけど…………」

「何をそんなためらっている?親友だろ。」

「……クラスメイトが殺された。」

「あの、今テレビに映っているあの人?例の通り魔に刺された?えーっ、災難だね。」

「………………」

ふいに、怒りと悲しみと憎しみがよみがえってきた。

彼女の顔とあいつの顔と一緒に。

「で、そんだけ?」

「え、まあ……」

「俺からも話がある、卒業してから一度も話してなかったからな。」

こいつ、自分の事「僕」って言っていなかってたけ。

「お前がお前をいじめたって言っていた奴、おぼえているよな。」

そういえば、こいつ、あいつと一緒の高校だっけ。

「なんで、いじめのリーダーと同じ学校行く理由ってお前にわかるか。」

「いや…………」

こいつ、こんな趣味だったのか。

「あいつはつらい思いを中学の間にしていた。おまえを一回殴っただけで『いじめの主犯格』というレッテルを張られたのだ。そんなことは承知の上だろう。」

「………………」

「あの時、お前がからかったから、あいつに殴られたのだろう?そうだよな?」

それだけは事実と認める。だけど、先に行動したのはあいつだ……あれ、何か思い出しそう……なんだろう?……

「それから、あいつは、苦しみ、悩んだ、そして……お前を殴り蹴った、自分自身を苦しめると分かっていても。」

「俺が今ここにいるのは、あいつの心の支えになるためだ。た。苦しんでいる友を助けない友達は友達じゃないからな。」

そうか、今は「ともだち」…………

「そして、お前に、『謝れ』ということを、俺から言う。」

ノイズかかるほどの大声でこういった。


――謝る――


いつ以来かな。

そしてようやく全て思い出しきった。

「変わるぞ…………早くしろよ。」

「……………………もしもし。」

聞こえたその声は、まさしくあいつの声だ。僕をいじめた。

「あのときはごめんなさい。許してください。」

精一杯、

演技した。

「…………わかった、許してやる…………あっ」

「俺が言いたかった事はこれだけだ。」

あいつはそう言って電話を切った。

全て思い出した。

そう、全て。


今話した奴は根暗っぽい印象を初めて会ってから持ち続けている。

根暗は内気なので僕とは打ち溶けるのは早かった。早くもしないうちに「友達」になった。

中二の夏ぐらいから悲劇のあいつが僕を殴った。

些細な喧嘩だとその時は思った。

根暗が悲劇のあいつに命令した。「あいつを殴れ」と。

最初から仕組まれていた。根暗は悲劇のあいつを恨んでいた。よくは覚えていないが、彼女を取られたとか……

なぜ、僕を巻き込んだのか。なぜ、悲劇のあいつをいいなりにできたのか。なぜ、その後も根暗は僕と「ともだち」だったのか。はっきりしてない。ただ、悲劇のあいつがいいなりにされているのは少し聞いたことがある。悲劇のあいつの生い立ちをばらすとか…………

そういえば、根暗は演技が好きって言っていたな。

そして、「人間観察もかなり好き」って言っていた……

……恥ずかしい。過去の自分も、今の自分も。

何も気づけなかった。何も考えることができなかった。自分も……誰も助けることができなかった。

つらい。つらい…………

喪服の姿のままこんなことになるとは思わなかった。

頑張って口元を上げるのが精一杯だった。

作り笑いが精一杯だった。

勝手に涙があふれる。涙を流せば許されるのだろうか。

どういったものが人生を決めて、どういったもので人生を変え、どういった人生を歩むのか。今の僕にはわからない。

この問いを背負いながらたぶん生きていく羽目になると思う。落とさないように、慎重に…………


「あれ、前とかなり変わっていない?」

「……いや~前に先輩が言って下さったことを中心に見直したら、だんだん前の作品が嫌になって変えたのですが……少しは小奇麗にまとまっていますか。」

「あっ、うん……言い回しは好きだけど…………。」

少し考えて、没にした小説を引っ張りだしてきて必死に書いたものを提出した。良くは無い反応だったが、僕の心内はすっきりしたものになった。それでいい。

……………………また、忘れよう。

「私は前の作品が良かったかな。ほとんど終わっていたようなものだし。まあ、また先生に見せるよ」

そういえば僕の口調変わった?

なんて思いながら、先輩の話を聞く。

恨みっこなしだ。しかも、謝りもした。もうそれでいいだろ。僕の最善はもう尽くされたはずだ。頼むから、脳内から出ていけ…………

ふと、彼女の顔が浮かぶ。

黒髪ロング、眼鏡の彼女、おとなしくて、笑顔が最高、僕の理想にぴたりとはまっていた。隠れ巨乳なところも。

彼女は死んでしまった。

分かっている。

それなのに、今も生きていると信じている。

そんなことは――。

自分自身に嘘を言うのはあまり好きじゃなかったが、こればっかりは、嘘をつく。「彼女は死んでいない。」

屋上には行けないので、校舎の四階まで上がり、窓開け、

「僕はあなたのことが好きだった。」と叫んだ。

どこからか笑い声もする。誰かは勘違いするかもしれない。

「なんか変な一年が大きな声で何か言っていた」と。

こんなにも暑いのに、風が涼しく気持ちいい。清々しい。

そして、すっきりした。

色々と噂になるとまずいので、速足で帰る様にした。

「はぁ」

とため息がでる。

ようやく解放されたような気分になった。

…………………………。

夕日に照らされるように帰った。

眩しくて目をつむると、一粒の涙が出た。

『そして、僕は心から泣いた。』

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