第22話 永久の夢
今宵の心の食堂は何時もとは少し違っていた。それは浩二と満代の姿が店に無かったからだ。果たして二人は何処へ行ったのか?
実はまさやも幸子も知っていた。二人は遠い異国の地に居たのだ。そう、二人は新婚旅行中なのである。
心の食堂を知ってから欠かさずに満月の夜に訪れていたのだが、旅行の日程と被ってしまったのだ。本音では満月の夜は避けたかったのだが、満代の体の事や、旅行ツアーの空き状況などから重なってしまったのだ。
「どうする? 先に伸ばすかい?」
「嫌! だって、その時に妊娠していたらどうするの?」
「そうだよな。式は招待状も出してるから変更出来ないしなぁ」
「お店に行くの一日ぐらい我慢すれば良いと思うけど」
浩二は本音では満代さえ良かったら、それでも良いのだが、まさやには一言断っておきたかった。
「そうだな、一日だけだしな」
そう言って新婚旅行が満月の日に掛かることを了承したのだった。
「なんだ、そんなことですか! ウチのことは気になさらないでください。次の満月にはやっていますから」
まさやは、そう言って明るい表情をした。幸子も
「楽しんで来てくださいね。喧嘩なんかしないようにね」
そう言って送り出してくれたのだった。浩二も満代の夢の一つに「june bride」があるのを知っていたので、出来れば叶えてあげたかったのだ。それに伴う新婚旅行なので、今回ばかりは仕方ないと思った。
旅行の行き先はフロリダのディズニーワールドで、これも満代の希望だった。二人はまさやと幸子にキャラクターのぬいぐるみをお揃いで買ったのだった。そう、あの世界一有名なキャラクターとそのガールフレンドのぬいぐるみだった。しかも、二人は羽織袴姿でもう片方は振り袖姿だった。
「これ日本じゃ絶対売っていないわよね!」
満代は手に取って購入を決めたのだった。
そのおみやげを持って次の満月の夜に浩二と満代は心の食堂にやって来た。
「ありがとうございます! 店に飾っておきます」
まさやが喜ぶと、幸子も
「ふふふ、着物がよく似あっていますね」
そう言って笑顔を見せた。
「さて、今日はちょっとだけ力が入っています」
まさやがそう言って、幸子が運んで来たのは、大きめの小鉢だった。その中に吸い地にハート形になった白っぽいものが入っていた。いや浮かんでいるように見えた。
「これは?」
二人が声を揃えて尋ねると
「鮑しんじょうです。鮑を塩磨きして、身を取り出して縁側や肝やワタを取り除きます。残った身を摺り下ろして、白身や卵白と合わせて吉野葛や味醂、塩などを加えて良く練り込みます。それに煮貝を切ったものを入れ、ハート型の型に流し込み、蒸します。蒸しあがったものに蕪を紅白に染めてこれもハートに切り抜いたものを添えました。そら豆は二人の愛の結晶です」
まさやの解説を聴いて浩二と満代は、目の前の単なる白っぽいものが、そんなに手が込んでるものとは思わなかったのだ。それと同時にまさやが二人のことを、如何に祝福してくれているのかが判ったのだった。
「さて次の料理ですよ」
幸子が持って来たのは、関西ならこれが無いと始まらないと言われる鱧だった。関東では余り食べられないが関西では夏の代表的料理である。特に梅雨の雨を吸った鱧は味が良くなると言われている。
そんな説明を幸子がする。
「今日は湯引きで梅肉酢を添えてあります。これに付けて食べてください」
見ると真っ白な鱧と真っ赤な梅がどのような意味を持つか二人は充分に判っていた。
「最後は鮎です。特性の蓼酢でお食べください」
見ると何かの緑の葉の上にまるで鮎が川面を飛び跳ねているかのようだった。隣の小皿には真緑色の液体が添えられている。
「これが蓼酢ですか?」
二人は初めて見たのだろう。しげしげと眺めていて、満代が箸の先に少しだけつけて口に持って行った。
「酸っぱい! でも単純な酸っぱさではなくて、奥が深いというか、色々な味を内包している酸っぱさなの。こんなの初めて!」
浩二も鮎の身を崩して蓼酢に浸して食べてみた。この時期の鮎のあっさりした旨味、天然の塩ならではの旨味に蓼酢の複雑な味が合わさって何とも言えない味になっていた。
全て食べ終わると浩二と満代は今日の料理にまさやと幸子の想いが沢山詰まっているのか判った。
「蓼酢の複雑な味は、僕達が夫婦として成長した姿なんですね。俗に言う『酸いも甘いも噛み分けた』夫婦になって欲しいとまさやさんが言ってくれている感じがしました」
浩二の言葉にまさやは、黙って頷くだけだった。
「鮑の料理は縁あって一緒になった二人の姿、鱧は確か骨切りをしますよね。苦労がそれだと想いました。苦労を経て深い夫婦になって欲しいと感じました」
満代もそう言って感謝した。
「私が説明する前にそれだけ言われては、何も言えませんね」
まさやはそう言って笑った。そして
「お二人には、自分達が叶わなかった夢を是非叶えて欲しいと願っています」
幸子がまさやの気持を代弁する。
「はい、必ず幸せになります」
浩二が満代の手を握りながら想いを伝えると
「ここは満月の夜には必ずやっています。一度来なかったからと言って邪険にはしませんよ」
まさやの言葉に二人は驚いた。実は毎回必ず来ていたのだが、新婚旅行で来られなかったので、少しだけ心配だったのだ。常連に限ってそんな思いを抱く人も居るらしい。
「ありがとうございます! これからはここに来る事も楽しむようにします」
「そうですね。お二人は未だ若い、人生はこれからですよ」
そう言ったまさやの表情は晴れ晴れとしていた。
心の食堂 <了>
心の食堂 まんぼう @manbou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます