第13話 永遠の命
浩二と満代が心の食堂の常連になると、気になるのはやはり、まさやとさちこの二人の子供のことだった。
二人には子供は居なかったのだろうか? 二人は逢う度にその事を話していた。それは二人の間で結婚についてかなり具体的な話が出ている事が出ていると言う事でもあった。
「さちこさんの、あの感じは絶対に子供を産んだ経験があると思うけどな」
満代の言葉に浩二は
「俺にはそこまでは判らないけど、夫婦だけが一時的にせよ、この世に蘇って、二人の子供が蘇らないのは変だとは思うけどね……」
「一度尋ねてみようか?」
「何か理由があったら気まずいじゃないか」
「そうか……でも気になるわぁ」
結局はそんな感じで何時も終わってしまうのだった。そんな事を話していたある満月の夜のことだった。
何時ものように浩二と満代が、心の食堂の暖簾をくぐって入って来た。
「いらっしゃいませ~」
さちこの気持ちの良い声が店内に響いた。二人が何時もの席に座ると、まさやが奥の厨房から出て来て一つのお皿を二人の前に出した。その皿には小さなショートケーキが乗っていた。
「これは?」
不思議そうな顔をした二人にまさやは
「今日は亡くなった娘の誕生日でもあるんです。それで形ばかりですがお祝いをしようと思いましてね。それでケーキを作って先ほど二人で娘の事を偲んでいたのです」
浩二は訊きたかった事と、衝撃の内容が一度に知ってしまったので、少々驚いていた。それは満代も同じだった。
「亡くなったって……ああ、お二人もこの世の人では無いのですが、それでも、ここにいらっしゃらないと言う事は、何か特別な事でもあるのでしょうか?」
浩二の質問に今度はさちこが
「娘は五歳の時に、私と一緒に交通事故に会って亡くなっているんです。でも、向こうの世界では別々になりましてね。既に別な人間として生まれ変わってるのです。生まれ変わる時に一度逢いに来ました。だからもう、向こうの世界にも居ないのです」
衝撃とも言える内容に二人は黙ってしまった。
「つまらない事をお話してしまいました。どうぞ食べてください」
二人は食後のデザートとしてショートケーキを食べる事にして、何か美味しいものが食べられるかを訊いてみた。
「そうですね。今は鰤が美味しいですね。寒鰤と言いますからね。脂が乗って最高に旨いですよ。照り焼きにしましょうか?」
「はい、それでお願いします」
注文を受けてまさやが厨房に引っ込むと、満代さちこに「娘さんのこともう少し尋ねても良いですか?」
そう訊くと、さちこは
「どうぞ、遠慮なく訊いて下さい。何でもお話しますよ」
満代としては、二度と逢う事の出来ない娘さんの話をすると言う事が心の底では偲びなかったのだ。
「その娘さんですが今はこの世で幸せなのでしょうか?」
「そうだと思います。詳しい事は私たちには知らせてくれていませんから。それに、月に一度でもこの世に蘇る事になったからには前の事に関する事は知らない方が良いと言う事実もありますしね。生まれ変わっているなら、新しい親御さんもいますし、きっと私たちと同じように、いやそれ以上に可愛がってくれていると思います。ならば、それは私たちの言う事ではありませんから……」
「寂しくありませんか?」
満世の言葉にさちこは遠い目をして
「今は、五歳まで一緒に暮らした思い出を大事に胸にしまっています。娘には昔の記憶はありませんから、せめて私たちが覚えておこうと思っています。でもね、いずれ私たちも生まれ変わる時があるなら、記憶は一度リセットされるのですよ。だから今、こうして娘の事を話していると言う事実が大事なのです。そう思っています。主人がケーキを作ったのも、そんな意味があると思っています」
「子供は何時か親元を離れて旅立つのだけど、それは向こうの世界でも同じなんですね。良いことを聞かせて戴きました。私たちも結婚して子供が出来たなら精一杯可愛がって接したいと思いました。親子の関係って永遠だと思いますが一期一会みたいな感じでもあるんですね」
浩二がしみじみと自分の考えを述べると、厨房からまさやが鰤の照り焼き定食を持って来た。
「お待ちどうさま! どうぞ熱いうちに食べて下さい!」 勧められるままに口に運ぶと脂の乗った鰤が口の中で溶ろけて行く。照り焼きに使ったタレが普通ではないと浩二は感じた。醤油や味醂ベースなのだが何か特別なものが入っていると思った。
「この照り焼きのタレが、普通じゃないです!」
浩二の驚きを見てまさやはニヤッと笑いながら
「昆布の濃い出汁を加えています。その他にも色々使っていますがね」
そうか、魚だから、かつおの出汁は必要無いのだと思った。自分の家では鰤を卸す事は出来ないがせめて切り身を買って来て焼きたいものだと思った。
食後のショートケーキ を口にしながら、まさやが
「娘はこれが好きでしてね。思い出しながら作りました。娘は生まれ変わって、新しい人生を生きていますが、私たちの娘はわたしたちの心の中で永遠に生きています」
そう言って晴れやかな顔をしたのが浩二は忘れられなかった。
帰りの道筋で、満代が浩二に言う事には
「二人にとっては永遠なのね……なんだか早く結婚したくなっちゃった。先に子供作ろうか?」
冗談とも本気とも取れることばに浩二は
「おいおい、今資金を貯めているところだろう……」
「そんな気になったと言う事よ!」
いつの日か親になる事が不安だったが、それも今日の事で霧が晴れるように不安が解消したのも事実だった。
人生に於いて楽しみが増えたと思う浩二だった。
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