第二章 1 転校生、黒板消しと戯れる



 第二章



 世界すら変えられる権限の前では、転校生になることなど造作もない。

 乃子は紘の通う高校の女子制服に身を包み、担任の先生のあとに続いて廊下を歩いていた。黒を基調としたチェック柄のスカートが、足の動きに合わせて揺れる。

 衣服も当然、権限で変更した。権限の良いところは、自分で着替えをしなくてもいいことだ。命じるだけで、魔法少女の変身のように一瞬で服装を変えることができるのだ。

「広院乃子と言ったかしら、これからよろしくお願いいたしますわ」

「こちらこそよろしく、えっと、レミアちゃん」

「……とはいえ、わたくしたちは深い関わりになる運命にあるのですけどね。あと、ちゃん付けするな。殺すぞ」

 乃子の隣を並んで歩く二人目の転校生、レミア・レーネス。この物語のために生み出した二人目のヒロインだ。言うまでもないが、役者ではなくエキストラである。

 改めて乃子は、レミアを見下ろすように見た。

 小学一年生、七歳児並みの身長、及び容姿。髪は茶色のロングでツーサイドアップ。そのロリロリしい――もとい可愛らしい容貌とは裏腹に、性格は腹黒く、簡単に毒づいて暴言を吐く。そして言葉遣いや頭脳も、見た目に反して大人なようである。

『ああ~、可愛いなぁ~』

 彼女の属性、名前・容貌・髪型・性格などは冥狐に丸投げしてみたのだが、見事に幼女になった。どんだけ好きなのよ、幼女。しかもまともな性格じゃないし。あんたはこんな幼女が好きなのか。

(レミアって本当に七歳なの? それとも見た目だけ?)

 とりあえず気になったことを冥狐に訊いてみる。

『もちろん本当に七歳ですよ! 決まってます! 合法ロリなんて私は認めません!』

(あっそう)

 それなりに歩くと、目的地である一年二組の教室の前までたどり着いた。

(……ん?)

 何かある。――黒板消しだった。

 教室の扉がわずかに開いており、その隙間の一番上の所に黒板消しが挟まるように設置されていた。よくある黒板消しを使ったイタズラのような感じだ。

 あたしは気づいたが、様子からして先生とレミアの二人は気づいていないようだった。

 先生が先頭に立って扉を開ける。

 磁石に引き寄せられる鉄のように、黒板消しが乃子の顔面目掛けて飛んできた。

「――ぶッ!!」

 あまりの早さに、避けるどころか手で防ぐことすらできなかった。顔面にチョークの粉を存分に叩きつけられ、鼻の中にも粉塵が嫌というほど入り込んできた。泣きたい。

 ここまでなら大したことのないイレギュラーなのだが、今回はそれだけでは終わらなかった。

「ちゅっと、ちょ!? 何こふぇ!? とぅれないんだけど!?」

 普通なら重力に引かれて落下するはずの黒板消しが、顔面から離れなかった。それだけではなく、両手で引っ張っても顔にくっついたままでビクともしなかった。

「ぶぇっへ! ちゅっと! あふぁしはメインフィロインの女の子なのひょ!? 芸人じゃないんだかりゃ! ぶえぇ口の中に! こんなこふぉってある!? ねぇ、ちぃっと!!」

 ヒロインとしてリアクションをしてしまったのは、間違いだったと今更になって後悔する。言葉を発するたびに口が動き、そのせいで口の中にまでチョークの粉が入ってきたからだ。

 泣きたい。くっそ、ムカついてきた。

「大丈夫、広院さん!?」

「うるひゃい! どう見ふぇもでぃーじょうぶじゃないれしょうが!」

 心配してくれた先生(女性)に対しても辛辣に言葉を返す乃子であった。

 だがそれは表面上での話。内心は極めて冷静である。キレているのはあくまで演技であって、本心でそうしているわけではないのだ。

 怒る演技だけは人一倍上手いって、昔褒められたんだから。あたしは。

(冥狐! 権限で取れないの!?)

 周りの人には怒った演技を見せつつ、現状を打破しようと冷静に冥狐に助けを求める。

『無理ですね。イレギュラーに対して権限は作用しないようです』

「くひょがあああぁぁぁ! 取れりょおおおおおぉぉぉぉぉ―――――ッ!」

 あっ。取れた。

 願いが届いたのか、黒板消しは乃子の顔面から離れてくださった。

「くそったれぇ……! さんざんコケにしやがって……!」

 乙女とは到底思えない台詞を吐きながら、乃子は制服の左袖で顔を拭う。右手で軋むくらい握られた黒板消しが、彼女の怒りを如実に表しているだろう。

「誰だぁ!!」

 叫んで、乃子は教室の中に飛び込む。先生は唖然としていたが、レミアは一切驚いた顔をせず、ただ無言のまま乃子の行動を見続けていた。

 教壇の上に立ち、教卓を左手でバン! と叩いたあと、乃子は再び叫んだ。

「誰だ! こんなイタズラを仕掛けたのはぁ! 致命傷で済ませてやるから手ぇ上げなさい!!」

『致命傷で済ますとは、つまり生かす気はないんですね!』

 いや、それは単なる言葉遊びであって、本当に殺す気なんてないんだけども。

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