第二章 2 犯人と攻めの自己紹介
乃子の言葉に、素直に自分が犯人だと手を上げる人物がいるはずもない。一年二組の教室の中は、授業中のように静まり返ったままだった。
「まあ、手を上げるわけないわよね。分かってたわ。……だったらあたしが無理矢理暴いてやるから、覚悟しなさい!」
権限発動。この右手に持った黒板消しを投げると、例のイタズラを仕掛けた犯人の顔面目掛けてこの黒板消しが飛んでいく。
『――セット完了! いつでもどうぞ!』
「だぁれに当たるかな~。――おらァ!」
腕をしならせブンッ、と勢いよく黒板消しを投げつけた。女の子投げではなく、完全に野球選手の投げ方だった。女の子投げなんて少し可愛げがあるだけで、現実では何の役にも立たないからあたしは好きじゃない。
空中に放たれた黒板消しは、教室内の誰かに飛んで――。
――いかなかった。
黒板消しは、空中で横方向に綺麗なU字を描いてこちらの方に戻ってきた。
「えっ?」
黒板消しそのまま進路を廊下の方に変える。空中をそれなりに速いスピードで進む彼は教室の扉をくぐり、ある人物の顔面目掛けて飛翔した。
「――ぷへっ!」
黒板消しに顔面を気に入られ、見事彼に布面でキスされてしまったのは。
……レミア・レーネスだった。
「あんたかよ!」
意外な真実に、乃子も思わず声を上げてしまった。
……………………。
「何だこれ……」
種神紘は、一連の騒動を教室の隅で呆然と見ていることしかできなかった。
「えー、今日は皆さんに転校生を二人紹介します」
一時間目が始まる前のショートホームルームの時間。
担任の先生が生徒に向かって言った。先生の隣には乃子とレミアが並んで立っている。
「一人目は広院乃子さん。さ、挨拶を」
「はい」
乃子はグルっとクラスメイトの顔を見渡すと、改めて口を開いた。
「広院乃子です。みんなよろしくお願いします」
いたってごく普通な自己紹介である。現実ならまだしも、ライトノベルの世界でこれでは実につまらない自己紹介だ。もう少し何か話してみるか。
『ここで紘さんとの繋がりっすよ』
冥狐が生徒の机の上を、ぴょんぴょんと跳ね回りながら提案してくる。あたし以外に姿は見えないし、物理的干渉もしないのだから暇なのも分かるが、すごい遊び様である。
しかし提案自体はとても良い。それでいこう。
「実は、種神紘君の家に居候させてもらってます。彼と一つ屋根の下で暮らしてるんです」
乃子がそう言うと、クラス中の視線が紘のもとへと集まった。
「何なに? 二人って特別な関係なの!?」
「えー、もうどこまで進んだの?」
「もうヤッたんか!? どうなんだ紘!?」
紘の近くの席のクラスメイトが、次々に彼を質問攻めにしていく。
これよこれ。学園ものラノベの定番といったらこれよね。さすがエキストラの諸君、いい反応するじゃないの。でもヤッた、とか訊いた奴はあとでぶん殴る。いや、やっぱり今殴るわ。
乃子が権限を発動してから右腕を殴るように突き出すと、変更通りにその腕がゴムのように勢いよく伸びた。そのまま拳は、ヤッたとかのたまった奴の顔目掛けて飛んでいき、熟練のボクサーのごとく的確にその顎を打ち抜いて脳を揺らした。
「あへぇ……」
顎を打ち抜かれて脳を揺らされた彼はぐらりと上体を傾けると、椅子から転げ落ちて床に倒れ込んだ。けれども心配するクラスメイトは誰もいない。依然として紘を質問攻めにするのに夢中だった。
ひっどい連中だな。
『一番ひどいのは、手を出して殴った乃子さんですけどね』
まったくその通りだ。
四方八方から質問を繰り返すクラスメイト。それに対し当の本人は。
「あ? 今朝会ったばっかなのに進展も何もないよ」
クラス中の視線にさらされても、当の本人は平然としていた。もうちょっとライトノベルの中の人物みたいに、慌てふためくとか、言い訳してもいいのに。
「それにあいつ、僕はまだ好きじゃないし」
一見素っ気ない台詞だが、嫌いと言わない辺りに男としてのツンデレの素質を感じる。それに「まだ」と付ける辺りにも。やっぱり可愛い奴ではないか。
「あんなに可愛いのに好きじゃないとか、おかしいだろお前!」
「そうだぜ! だったら俺にくれよ! いや、ください! お願いします!」
「バカ言わないで、乃子ちゃんをいただくのは私よ! 野郎なんかに渡せないわ!」
ああ、クラスメイトたちも頭のネジが足りなかったか。残念です。
とりあえず、いただくとかくださいとか言った奴の顎を、また数人ほど打ち抜いて脳を揺らしておいた。
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