第一章 7 ヒロインが着替えを見る
「はいはーい。乃子ちゃん、私欲しいものがあるの!」
継夜が右手をピンと上げ、聞いて聞いてと言わんばかりに声を上げた。
「継夜さんの頼みなら何でも叶えますよ」
「私と父さんに、若かりし頃のような性欲と精力を与えてほしいの!」
乃子は左手の親指を立てて、サムズアップしてから答えた。
「その望み、もちろん叶えますよ。たくさんヤッてくださいね」
『ズル……奴さん、ガキでも仕込むんですかね? ……ズルズル』
冥狐、洋画の吹き替えみたいな台詞はやめなさい。あとラーメン食べながら喋らないで。
乃子は座っている継夜に近づき、彼女の下腹部に手を当てた。
「神の力において命ずる。若かりし頃の性欲と精力を、この者たちに宿したまえ」
乃子が詠唱するように言うと、先ほど紘の胴体を包んだのと同じ白い光が、今度は乃子の手を包んだ。それは人知を越えた力にふさわしい神々しさを放っており、見る者にその力が本物であることを信じさせるほどの輝きを持っていた。
『何でちょっと格好良く言うんですか? さっきもそうですけど』
(そ、その方が見栄えがいいかなって……。ていうか、あんたもこんな光だして格好つけてるじゃない。一緒よ)
『違います、これは信憑性を持たせるための演出ですよ。現にRPGやホイホイの時は光ってなかったでしょう?』
(……ふ、ふうん。まあ、そういうことにしておいてあげるわ)
それから数秒もしないうちに、演出用の白い光は消えてしまった。
その刹那、継夜は椅子から立ち上がって叫んだ。
「ああ、この感じ! そう、この感じよ! 紘を身ごもったあの時と同じ感じだわああああああぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」
「もちろんお父様にもお与えしておきました」
「ありがとう乃子ちゃん! ふふふ、今夜が楽しみだわぁ!」
体をくねくねさせて歓喜に震える継夜を、紘と乃子、それに冥狐はしばらく黙って見続けていた。
こんにちは皆様。
これからあたしは、主人公の男の子の部屋へお邪魔しに行きたいと思います。
「入ってくるのは構わないが、何もするなよ?」
「はいはい。分かったわよ」
適当に返事をし、紘の後ろについて階段を上がる。
「特に本には触れるなよ。僕はそれが一番癪に障るんだ」
「分かったから早く行きなさいよ。学校に遅れても知らないわよ」
こうなった経緯を簡単に説明すると、紘が自室に着替えに行くということになったので、それについて来たというわけである。暇だったから。
朝食の時間が終わり、継夜はキッチンで朝食の後片付け、紘は洗面所で寝癖直しや歯磨きとそれぞれの時間を過ごしていた。あたしもメインヒロインっぽく紘の隣で一緒に歯磨き(新規生成した歯ブラシで)をしたりして、時間を過ごしていた。
そのあと、紘が学校に行くために自室で制服に着替えると言い出したので、やることが何もなくなって暇になったあたしは、その暇潰しにこいつの部屋の見学と着替えの様子を見に行こうとしたのであった。
紘が種神家二階にある自室の扉を開ける。乃子は彼に続いて、高校生男子の自室に足を踏み入れた。
「…………」
本があった。それも大量に。
第一印象はそれだった。もちろんベッドや机、クローゼットなどの必要最低限のものは一応ある。あるのだが、それ以外のものは本しかなかった。正確にはそれを収めている本棚もあるのだが。
異質、もしくは普通ではないと言うしかない。
主人公・種神絋の部屋には最低限のもの以外、本――それもライトノベルしかなかったのである。
『本屋かな?』
パッと見ではまさにその通りだ。
(……ちょっと待ってよ。「ライトノベルが好きな『普通』の男の子」って言ったじゃない)
これはどう見ても普通ではないだろう。壁際に隙間なく置かれた本棚を見回しながら、乃子は内心で溜め息をついた。
『その普通は、人間的な意味としての普通なのでは? ほら彼は、人間的には至極普通の人じゃないですか』
(……そうかもね。あたしも、本が多いだけで普通じゃないとか思ったのはいけなかったわね。世の中にはこんな感じの人がある程度いるかもしれないのに)
自分の浅はかさを反省していると、紘が寝巻のスウェットを脱ぎ始めた。
「一体どうして、男の着替えを女が見ているのだ。普通は女の子の着替えを主人公である男が覗いてしまうものだろう」
脱ぎながら、紘が不満を言うようにぶつぶつと呟く。
「ほんと、その通りよね。そのあとの女の子の反応といえば大体、暴力を振るうか、悲鳴を上げるか、無反応のどれかよね」
「……お前、よく分かってるな。女のくせに」
「まあ、その手のことには詳しいから。あたしは」
なんせあたしは、その女の子を演じるキャラクター役者だから。
無反応はまだないが、その他の二つは役者として実演したこともある。
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