第一章 6 神の力よ

「大丈夫です継夜さん。用意していただけるだけでもありがたいですから」

「ありがとぉ乃子ちゃん! 大好き!」

 乃子の頭を継夜が抱きしめる。着痩せしていて気がつかなかったが、意外と継夜は胸が大きかった。ちょっと妬ましかったので、彼女のお尻を両手で揉みしだく。

「あぁん……乃子ちゃぁん……」

「貴様、ママに何をしている……?」

「ダメよ乃子ちゃん……。そういうことはベッドの上で……ね?」

 最後にひと揉みしてから、乃子は継夜のお尻から手を放す。継夜も抱擁をやめ、乃子の隣の席に移動するとそこに着席した。

「さあ早く食べましょう。いただきまーす」

 継夜の声で、種神家の今日の朝食がスタートする。皆が箸を手に取る中で、父親である灯夜だけが逆に箸を置き、そして口を開いた。

「私はもう行かなければ。一緒に食べられなくてすまないね」

 おそらく朝の一件で時間を掛け過ぎたのだろう。いつもなら家族一緒に朝食を取るはずなのだろうが、あたしが来ていろいろやったせいで、その朝食のスタートが遅れてしまった。

 しかし灯夜は会社員のため出勤時間がある。それに遅れてはまずいので、みんなよりも先に朝食を始めていたのだ。だから食べ終わるのも早くなったわけである。

「いいよパパ。気にする必要なんかないよ」

「そうよ父さん。何も今日だけってわけじゃないんだから」

 紘と継夜が気を遣って言う。灯夜も微笑を浮かべてから言った。

「ありがとう。それでは行ってくるよ」

 灯夜は椅子から立ち上がりそばにあった鞄を手に取ると、玄関へと歩いていった。

「行ってらっしゃーい」

 継夜が見送るように、最後に彼の背中にそう声を掛けた。

『歯磨かないんですかね?』

 ……………………。

 それはあたしも気になっていたが、あえて考えないようにしていたのに。


 朝食後。

「ママ、僕に何か言うことはない? あとそこの女にも」

 食事を終えた紘が、箸を置きながら継夜に向かって言った。

「んーん、ないわよ?」

「いやあるでしょ!? 僕のこの体についてとかさ!?」

 依然として紘の体――正確には胴体は、乃子の椅子として使われたままであった。

「そういえば何かが足りない気もするわね……」

「何かどころじゃなくて、面積的に半分くらい足りないんだけど!?」

「あっ、分かった! 胴体が足りない!」

「今気づいたわけじゃないよね? ネタでそう言っているだけだよね?」

 なんともまあ愉快な親子である。乃子はそんな二人を無言で眺めていた。

『もぐ……乃子っち……もぐ。そろそろ胴体返してあげようよ……もぐ』

 冥狐が立っておにぎりを頬張りながら、そう提案してきた。確かにそろそろ潮時だとあたしも思っていたし、ここらで胴体を返してあげるとするか。

 というか今飯を食べるのか。てか食べながら喋らないでよ。

「この椅子にも飽きてきたし、そろそろ返してあげるわ」

 乃子は気を取り直して意識を種神親子の方へ向け、紘に対してそう告げた。

「人の体を飽きたとかいうな。いいからさっさと返せ。学校に遅れるだろうが」

「ダメよ紘。愛する人にそんな口調で言っちゃ」

「だからママ、それはこいつの嘘なんだって! この家に住みつくための!」

 よく気づいているではないか。褒美として胴体をあげよう。

 乃子は立ち上がると、大仰に両腕を広げた。そして唱えるように言う。

「迷える胴体よ、持ち主の所へ戻りなさい(本当に戻してね)」『はーい』

 その瞬間、紘の胴体は再び白い光に包まれる。それからその光が弾けるように消えると、胴体は持ち主の紘の体にきっちりと収まっていた。

「ああ、おかえり僕の胴体!」

 紘は両手で自身の復活した胴体を抱きしめた。まるで愛するかのように。

「乃子ちゃん。それ乃子ちゃんがやったの? すごーいマジックみたい!」

「マジックではないですよ。これは神の力です」

『間違ってはないんですよね~』

 あたしの持つ『権限』は、ほとんど神の力と言っても過言ではないだろう。なにせ本当に何でもできて、何でも生み出せて、何でも書き換えられるのだから。

「中二病だと言いたいが、実際にやられるとそう言えないのが腹が立つ」

「今なら初日特典として妹をプレゼントしますが、いかがいたしますか?」

「いらん。僕にはたくさんいるからな」

「それは本の中にでしょう? ライトノベルの中に」

「な、なぜ分かった!?」

「ふふっ、神の力、ですよ」

 神の力『主人公の設定を知っている』を使えば造作もないことよ。

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