第一章 3 イレギュラー
あの時、紘は何と言ったか。
『RPG‐7の弾頭は、先端が何かに激突しないと起爆しないんだよ』と言ったはずだ。
だとしたらおかしいことがある。
上空へ飛んでいったロケット弾はなぜ爆発したのだ?
――何にも激突していないはずなのに。
「いや、おかしいわ。さっきのロケット弾、空中で爆発したわよ。何にも激突していないのに」
「……何?」
さすがの紘も、その言葉には眉をひそめた。
一体どうなっているのだ?
【それについては私から説明しよう】
突如として、乃子の脳内に声が響いた。
それと同時に周りの時空――もとい世界中の時空がピシッと止まる。
紘はまばたきも身じろぎもせず、完全に停止している状態になっていた。まるで時が止まったかのように。
「これは……」
この現象を乃子は見たことがある。
作品での演出や緊急時の対策に用いられる時空停止で、役者としての経歴がそこそこ長い乃子は何度かこれを経験したことがある。
止まった空間の中で、乃子の脳内に再び声が響く。
【急に止めてすまなかった。私はこの世界の神だよ】
「いや先ほどの脚本家さんですよね?」
声で丸分かりである。
【……まあ、そうなんだけど。……君たちに一つ伝えておくことが急きょできてね】
『時空停止使って連絡って、なかなか壮大っすなー』
冥狐が止まった世界を見渡しながら呟くように言った。彼女もあたしと同じように停止してはいない。役者であるあたしたちに向けた連絡なのだから、当然と言えば当然なのだが。
冥狐の言葉は脚本家にも届くようになっていたようで、彼は冥狐の言葉を聞いて事情の背景を説明するように言った。
【この物語は、言わば生放送のようなものだからね。通常と違って撮影がストップしている間に伝える、なんてことはできないから、時空停止を使ってこのように無理矢理君たちに伝えているというわけさ】
「それで、急きょの連絡とは?」
【監督がね、この物語に付け加えたいものが一つできたそうだ】
「それは?」
【言うなればイレギュラーだよ。たまーに物理法則に反したことが起きたり、奇想天外のことが起きたりするようにしたいらしい。そうした方が、面白くなるんじゃないかなって】
それは確かに悪くない発想だ。あたしもそうしたイレギュラーがあった方が面白い。
【ま、すでにそう設定済みなんだけどね。イレギュラーの発生は、人工知能が空気を読んで適度にやってくれるよ。そういえば、RPG‐7が空中で爆発しただろう? あれもイレギュラーだと思うよ】
そんなものを人工知能に任せていいのだろうか。一分の間に四、五回連続でイレギュラー起きたりしないわよね? とはいえ不都合なことは何もないので、特に言及することもしない。
「種神紘がロケット弾を投げ返したのも、イレギュラーということですか?」
【おそらくそうだろう。実力でやってなければね】
そういうことだったのか。接触して爆発しない件は彼の言う通りだとして、その弾頭を投げ返したのはどう頑張っても説明がつかなかった。人間技や常識や物理法則、ありとあらゆるものを逸脱しすぎていたから。
それも全てイレギュラーのせいだったのだ。監督のナイスな提案のせいだったのである。
「そのイレギュラーって、この世界の彼らは気づいているんですか? 紘本人はロケット弾のことについてまったく言及というか、動揺した素振りが見られないんですが」
『まー普通は、「何が起きたんだ!」「ええぇぇぇ!」ってなるしねー』
【この世界のエキストラも、イレギュラーには気づくよ。彼も気づいているはずだけど】
「でも全然反応がなかったのですが……」
【分からないけど、彼に直接聞いてみたら? そうした方が早いんじゃない?】
「そうします」
【じゃあ連絡事項は以上だ。時空停止を解除するから、君も元の位置に戻った方がいいよ。そうしないと彼には瞬間移動したように見えるから。まあそれでいいなら、それでもいいけど】
それはそれで面白そうだ。ぜひ瞬間移動しよう。
「このままでいいです。面白そうなので」
【了解。解除まで、3・2・1・0――】
カウントダウンが終わると、世界が動きを取り戻した。頬に風を感じ、どこか遠くから車のエンジン音が薄く聞こえてくる。
「なっ……!? いつの間にそこに!?」
予想通り、あたしの瞬間移動に驚いて紘が声を上げた。
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