第一章 2 主人公と出会う
冥狐が額に手を当てながら、上空を見上げて言った。
『ひゅー♪ 汚ねぇ花火だな』
「…………炎の花火で良かったわね。肉片と血の花火じゃなくて」
ひやりとした感覚がまだ体に残っている。まさか物語序盤、それも序盤も序盤でメインヒロインがあの世に逝きかけるとは。まだ主人公にも会っていないのに。
その時、玄関口に一人の人物の影があった。
「何だよ。急になんか飛んできたんだけど」
玄関から出てきたのは、この物語の主人公・種神紘――その人だった。
紘は寝巻のスウェット姿のまま家の外に出てくる。外の小道に立つ乃子と目が合った。
「お前か、ロケット弾を僕の家にぶち込んできたのは」
ポリポリと寝癖のついた頭を掻きながら紘が言う。その視線は、乃子の持つ使用済みRPG‐7のランチャーに注がれていた。
「そうよ」
と、乃子は答え、そのランチャーを横に放り捨てた。
「可愛い顔してるのに、頭はイカれてるなんて……。可哀想……、病院紹介してあげようか?」
紘の目が可哀想なものを見るものに変わる。
「結構よ。……ごめんなさい、RPG‐7を撃ち込むのが、あたしの世界における初対面での挨拶なの。気を悪くしたのなら謝るわ」
我ながら良い返しだと思う。
それにしても、何というか……言い方が小説の中の人物のような男である。ライトノベルが好きだと、言い方までそんなふうになるのか。
「ふうん、あんたの世界にもソ連があるのか。いや、あったのか。まあいい。偶然だね、僕の世界にもあるんだ。いや、正確にはあっただけど」
「知ってる。一つ訊いてもいいかしら?」
「断る。これから僕はママの作った美味しい朝食を食べる予定があるんだ」
こいつ、いいキャラしてるな。役者じゃないエキストラなのに。
――イジメたくなるっ!
「まあま、待ちなさい(その場に貼り付けて)」『了解』
「じゃあ行くよ。さら……ば……?」
紘が別れの挨拶をして踵を返そうとするが、しかしそれはできなかった。乃子の権限で紘の体を弄り、動けなくしたのである。両足の裏を強力な接着剤で床にくっつけられたかのように、一ミリたりとも動かすことはできなくなっていた。
紘が自身の足元を見ながら、不思議そうな顔をして呟くように言う。
「……何をしたのかな? 見えないヒューマンホイホイでも仕掛けたのかな?」
「ゴキブリホイホイの人間版ってこと? なるほど、それはいい名前ね。今からこれはヒューマンホイホイって呼ぶことにするわ」
乃子は優越に浸った足取りで、紘のそばまで歩いていく。
「一つ訊いてもいいかしら?」
乃子は先ほどとまったく同じ言葉を、やや語気を強めて言い、右手で正面を向いた紘の顎をクイッと上げた。紘の目が見下すように下を向く。その目を、乃子はヤンキーのガン飛ばしと女王様の眼差しを足して2で割ったような目で見た。
「…………」
「このままだんまりを決めてると、今度は土下座させるわよ」
「……分かった、言ってみたまえ。そして顎から手を離したまえ」
「聞きたいことはもちろん、どうやってロケット弾を一八〇度回転させたのか、よ。参考程度に教えてもらっても良いかしら?」
乃子は紘の顎から手を離すことなくそう言った。
『うっわ、鬼畜』
「ああ、そのこと。簡単なことだよ、手で掴んで投げ返しただけさ」
……聞き間違いか? 今、「投げ返した」と言ったような。
『なるほど、確かに簡単ですね』
そうだな、簡単だ。手で掴んで投げ返す、なんてのは球技経験のある者なら誰だってできるだろう。だが問題はそこではなくて。投げ返す能力ではなく、何を投げ返したかが問題なのだ。
「ロケット弾なんて、手で触ったら爆発すると思うのだけれど」
「知らないのかい? RPG‐7の弾頭は、先端が何かに激突しないと起爆しないんだよ。詳しくはウィキペディアでも見てくれ」
『こりゃ一本取られましたね、乃子さん』
一介のキャラクター役者であるあたしがそんなこと知っているはずがないだろう。というか、この男はなぜそのことを知っているのか。
……ああ、そういうことか。おそらく、読んだライトノベルの中にそんなようなシーンがあったのだろう。地の文か会話文に、先ほど言ったのと同じような解説があったに違いない。ラノベが好きだという設定の彼なら、そういったことがあってもおかしくはなさそうだ。
少量の嫌悪が含まれた瞳で乃子を見下ろしながら、紘が言った。
「……質問に答えただろう。さっさと解放してくれないか?」
「分かったわ、手は離してあげる」
乃子は紘の顎から手を離すと、言葉を続けた。
「爆発うんぬんは、あんたの言う通りだとして……」
――そこで乃子は気づいてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます