第一章 1 挨拶のRPG-7
第一章
「えっと……ここら辺よね、彼の家は」
金髪ショートツインテール――いや、この作品内での名前で言うならば乃子は、手に持ったスマホの地図アプリを見ながら呟いた。
先の脚本家の話のあと、数時間もしないうちにこっちに来てしまった。作品に出演している間は自宅に帰れないので、長期留守のための準備をその数時間にしていた。その準備が終わったら、冥狐と合流してすぐにこちらに来たというわけだ。
いくら思考の時間――物語の展開を考えてしまう時間を与えたくないからといって、すぐさま作品内に行けなんて。型破りな企画だなぁ、とは思っていたが、まさかここまで型破りだとは想像していなかった。
『あ、あれじゃないですか?』
冥狐がある一軒家を指差す。彼女はすでに半透明化しており、乃子以外には見えないようになっている。声もあたしにしか聞こえないように設定済みだ。
地図と現実空間を照らし合わせ、目的地に間違いがないことを確かめる。確かに、その一軒家が主人公宅だった。
主人公の家の前にやや離れて立ち、その全体像を見上げる。
『なんか普通の家ですね』
見上げたまま、冥狐が呟いた。
「ラノベの中の主人公は、大体普通の家と相場が決まっているのよ」
『そういえば見たことないですね。それなりの設定や意味もないのにお金持ちで豪邸に住んでる主人公って』
「まあ、物語に必要ないなら、読者が共感しやすいものにした方が無難だからね」
冥狐は乃子の方に向き直り、彼女は右手で主人公宅を示しながら言った。
『それで、どうします? ここからが本番ですが、スタートダッシュが肝心ですよ』
「……ふむ、一発やっておこうかしら」
乃子は右腕を真上に伸ばすと、はっきりとした意志で言う。
「冥狐、ロケットランチャーを出して」
『おお! いきなり派手だねぇ! ――ほらよっと!』
その瞬間、乃子の右手に一発の無反動ロケットランチャー――RPG‐7が出現した。
『それでいい?』
「ええ、いいわ。物語の開幕にはちょうどいいでしょ。最初は戦車の主砲を使おうかとも思ったんだけど、それはもう少しあとにすることにするわ」
乃子がRPG‐7を構える。片膝立ちになり、両手でランチャーの二つのグリップをしっかり握り、右手の人差し指を引き金にかける。完全に使い方を知っている者の構えだった。
『どこで使い方を習ったの?』
「ハワイにいるお父さんから借りた説明書を読んだのよ」
というのはもちろん嘘で、動画か何かでこれを撃っている人を見たことがあるだけだ。
というか、唐突にネタ振りしてくるのはやめていただきたい。
「3・2・1、ファイヤー!!」
『―――――、ファイヤー!』
RPG‐7の筒状の砲身後方から白煙が噴き出し、前方のロケット弾が射出される――
その刹那。
(ここだ!)
計画したタイミングで乃子が環境変更を発動させる。〇・〇一秒のタイムラグもなく、冥狐によってそれが現実になる。
バンッ、と豪快な音が鳴り、主人公宅の玄関扉が一瞬で開閉角度限界まで開いた。
そこに狙いすましたように、RPG‐7のロケット弾が飛翔していく。コンマ数秒もしないうちに扉の位置まで空を駆け、開いた扉から主人公の家の中に高速でお邪魔していった。
地を揺るがす轟音が響き、爆炎と粉塵が開かれた扉口から吐き出され……なかった。
「あれっ?」
自分でも驚くほど間の抜けた声が出てしまった。
『何も起きませんね?』
「もしかして不は――、――!!」
出てきた。
放たれたロケット弾は、不発したのでもなく、貫通したのでもなく、消滅したのでもなく、亜空間に飛ばされたのでもなく。
玄関口から出てきたのである。
まるで方向を一八〇度変えたかのような綺麗さで、射出した時と同じ速度でロケット弾がこちらに向かって飛んできた。
「――ッ!」
乃子が超反応で与えられた権限を発動させ、冥狐がそれを承認して実行に移すと、こちらに直進してきたロケット弾の方向が変わった。体に接触する三センチ手前でロケット弾は進行方向を真上に変え、そのまま上空へと飛び去っていった。
空中三十メートルでロケット弾は爆発し、空に小規模な炎の花を咲かせる。
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