プロローグ 3 打ち合わせ

「すみません待たせてしまって。もう少し早く来るべきでした」

 金髪が謝るようにそう言うと、脚本家は笑って言葉を返した。

「いや、謝る必要はないよ。約束の時間には遅れてないしね。たまたま私が早く着いてしまっただけだから」

 脚本家の人は三十代くらいの男性だ。柔らかな物腰の優男といった印象の人だった。あたしの記憶が正しければ、この人とは初対面のはずだ。一度も会ったことはない。

 座って、と彼に促され、金髪は脚本家と向かい合う形で椅子に座った。

「それで、今日はどのようなお話なのでしょうか?」

 金髪が脚本家に訊く。

 実のところ、今日の打ち合わせは謎な部分が多い。何日か前に、この日君と打ち合わせがしたいから、何時にこの場所に来てほしいと電話で言われたのだが、その際にどんな打ち合わせをするかを一言も言ってはくれなかった。

 普通は概要くらい言うものなのだが、その時は本当に何も言わなかった。後日連絡するとも言わなかったし、後日にその概要を言ってくれることもなかった。

 そういうわけで、今日のこの打ち合わせには謎なところが多いのだ。

「うん、まずは謝罪しておこう。何も言わなくて悪かったね。これからする話は、今この場でなければできないものだったんだ」

「……はあ」

 いまいち話の要領が掴めない。

「事前に大まかなことを伝えるのもダメでね。その場のインスピレーションというか、その瞬間のノリというか、とにかくそういったことが大事な企画なんだ。余計な思考の時間を入れてはいけないと、監督からの指示でね」

「…………つまり、どういうことなんですか?」

 裏事情はあたしには関係ないので、早く本題について触れてほしい。

「ごめんごめん、つまり何の話かというと……――」

 脚本家はそこで一度言葉を止め、数秒待ってから切り出すように話を続けた。

「――君にその場で物語を作ってほしいんだ。ヒロイン役をやりながらね」

 金髪はその言葉の意味を理解するのに、きっかり五秒もかかってしまった。

「……自分が物語を作る? 出演者である自分が?」

「そうだね、それが今回の話の大半と言ってもいい」

「自分には面白い物語を作る力なんてないと思うんですが」

 キャラクターとして何本もの作品に登場しているからといって、面白い――読者を楽しませられる物語をあたしが作れるとは思えない。例えるなら、小説を読むのが好きだからといって、面白い小説を書けるとは限らないというのと同じことだ。

 金髪のその言葉に、脚本家は待ってましたと言わんばかりに答えた。

「言っただろう、その瞬間のノリが大事だって。別に作品として全体的に面白いものである必要はないよ。あ、いや、面白ければそれはそれでいいんだが、それよりもその場で思いついた面白いことをしてほしいんだ」

 あちらが求めていることは大体分かった。最初から最後まできっちり決まった物語にするのではなく、勢いとノリで七転八倒する不確かな物語にしたいのだろう。

「言いたいことは理解できました」

「話が早くて助かるよ。ご都合主義でも、カオスな展開・設定でも全然いい。とにかく面白そうだったら何でもオッケーだ」

「ヒロイン役をやりながら、とのことですが、具体的に何の役なのでしょうか?」

「もちろんメインヒロインさ。主人公と一緒にいる、ね」

「…………あ」

 思わず言葉に詰まってしまった。これはひどい偶然だ。

 黒髪とメインヒロイン役について話し、役のチャンスが来ることを願っていたのがつい先ほどのこと。そして数時間もしないうちにそのチャンスが来てしまったというのは、もはや偶然以外の何ものでもない。

「……あたしがメインヒロインですか。しかも指名で」

 なぜ他の誰でもなくあたしなのか。なぜ人気の出なさそうな金髪ショートツインテールなのか。二つの疑問が頭の中に浮かんでくる。

「何か疑問があるようだね?」

 そんな頭の中に浮かんでいた疑問が、表情にでも出ていたのか、脚本家がそう聞いてきた。

「……はい。なぜ人気の出なさそうな金髪ショートツインテールなのか。そしてなぜあたしが直接指名されたのか。……その二つです」

 金髪がやや声のトーンを落として呟くように言うと、脚本家は口元を手で押さえた。どことなく、ニヤケてしまいそうな口元を隠しているような感じがする。

「……笑わないで聞いてほしい……」

 やはりニヤケ笑いを隠すためだったのか。

「実はね、特にこれといった理由はないんだ。監督がランダムで選んだだけなんだよ。属性も人物もね。それがたまたま君だっただけなんだ」

「……えぇ…………」

 変な呻き声が出た。何だその理由は。何か必然的な理由があると思っていたあたしがバカみたいじゃないか。

 金髪は脱力し、背もたれに体重を預ける。

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