プロローグ 2 昼休みから仕事の時間へ
「確かに、金ツイはロングの方が定番で人気もある。実際、ショートとロングじゃ何倍も出演チャンスに差があるわ。メインヒロイン役もロングの方が断然多い」
「だったら……」
「でもね、だからこそなの。人気でチャンスがあるってことは、必然的にそこに集まる人の数も多くなる。人数が多くなれば、オーディションで受かる確率も低くなってしまう。いくらロングの出演チャンスがショートの何倍もあっても、オーディションの倍率が何十倍もあったんじゃ無理なのよ」
「……そうなんですか」
再び沈黙し、お互い箸を進める。金髪は牛丼の最後の一口を口に入れると、咀嚼しながら黒髪のうどんを食べる姿を眺めた。
ここの食堂のこのうどんは、値段に対しての量の割合がとても良い――ありていにいえばコストパフォーマンスが良いため、お腹をいっぱいにするだけなら一番安く済む品目である。モブ役ばかりでお金のない新人にとっては、とてもありがたい料理となっている。
あたしも、新人の貧乏時代にはたくさんお世話になった。
「……あたしもね――」
昼食を終えた金髪が話を再開する。
「――あたしもね、最初の半年くらいはロングだったのよ。……でも、さっき言ったように倍率が高すぎて諦めたわ。実力もあんまりなかったし、才能もなかったから。で、それからショートにしたら、少しずつ仕事が取れはじめて、今やこんな感じ」
「……そんな理由があったんですね」
黒髪はそう言ってから、うどんの器を両手で持つと、直接器を口につけてそのうどんの汁を飲んだ。……女の子なのにその飲み方はそうなのかといつも思う。レンゲを使え、レンゲを。
「まあ、もう一つ理由があるんだけどね」
「そうなんですか? どんな?」
「髪の毛の手入れが面倒くさかったから」
それを聞いた黒髪の、箸を持つ手が数秒止まった。
「正直言うと、あたしロングって嫌いなのよ。洗うのも面倒だし乾かすのも大変。寝癖を直したりブラッシングするのも時間かかるし。でも、あの頃はロングで出演することを目指してたから、仕方なくそうしてただけなの。で、ショートにすれば、倍率も高くないから仕事も取れるし、長くて面倒なのからも解放されるしってことで、一石二鳥だからショートにしたのよ」
「…………」
意外な金髪の話を聞き、何と言ったらいいか分からなくなった黒髪は、場を繋ぐようにうどんの汁を再び飲んだ。最後の一滴まで飲み干すと、ゆっくり器を置き、それからようやく口を開いた。
「……でも先輩、ショートにしたってことは、メインヒロインになるチャンスも減ったってことですよね?」
「そうなるわね」
金髪ツインテールをメインヒロインにしたい作品はいくつも生まれるが、そのほとんどはやはりロングだ。ショートもないことはないが、その数は限りなく少ない。
「いいんですか? メインヒロイン役になれなくても。この仕事をしているならやっぱりなりたいじゃないですか、メインヒロイン」
「それはあたしもそう思うけど、仕方ないわよ。メインヒロインよりも生活、仕事を取ることの方が大事だし。ショートでメインヒロインの役が来ることを祈るしかないわ」
仮に運よくその役が来たとしても、その上にはもちろんオーディションがある。
「……そう、ですか」
黒髪は少し残念そうな、そんな表情になった。おそらく挑戦することへの意欲を失ったあたしに対して、ややがっかりとしているのだろう。
「あなたは実力があるんだから頑張りなさい。モブとはいえ、新人なのにそんなに仕事が取れるんだから。しかも定番人気の黒髪ロングストレートで。あたしの分までメインヒロインになってよね」
ほんと、期待してるんだからね。
「はい、頑張ります!」
「うむ、よろしい」
そう言って金髪は席を立つ。
「じゃあ、あたし行くわね」
「はい、ありがとうざいました」
金髪は食器の載ったトレーを持ち上げると、その返却口に向かって歩き出した。
お昼休みを終えた金髪は、ある所を目指して廊下を歩いていた。
今日は午後から、ある脚本家との打ち合わせの予定があるのだ。目指しているのは、その打ち合わせをするために指定された場所だった。
もう知りつくした建物の中をしばらく歩き、目的の場所に到着。スマホで時刻を確認すると、約束の時間の三分ほど前だった。
一応ノックをし、扉を開ける。まだその脚本家の人は来ていないと思ったのだが、予想に反して部屋の中にはすでにその人物がいた。
「こんにちは、待ってたよ」
入った部屋は、テーブルと椅子があるだけのとても質素な所だ。かなり狭く、テレビドラマで見た警察署の取り調べ室のような感じである。本当に少人数で話し合いをするだけの、設備も何もない部屋だった。
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