プロローグ 4 打ち合わせ2

 脚本家が金髪の気持ちに同情したかのように言う。金髪は脱力をやめ、姿勢を正すと口を開いた。

「まあ、理由はどうであれ、メインヒロイン役やらせてもらえるのはとても嬉しいです」

 その気持ちに嘘はない。

「では、作品についての話をしようか」

「はい、お願いします」

 脚本家は椅子のそばに置いてあった鞄から一枚の紙を取り出すと、それを机の上に金髪が読める向きで置いた。

「まずはタイトル。『メインヒロインに物語を丸投げしてみた』だ。媒体はライトノベル」

 口頭で説明しながら、脚本家の指が紙面をなぞる。金髪が用紙の方に目をやると、そこには言葉で説明された内容が端的に文章でも書かれていた。

「次に主人公の詳細。名前は種神紘(しゅじんこう)。十七歳、高校二年生。ライトノベルが好きな普通の少年だ。それ以外のことは自由に設定・変更・付け加えてくれてかまわない。家族構成、幼馴染の有無とかね。あとで彼の写真を、君の携帯電話に送っておこう」

 脚本家の指が一段落下に動く。

「そしてメインヒロイン。つまり君だ。名前は広院乃子(ひろいんのこ)。性格は特に設定なし。自由に作ってくれていいよ。もしくは、そのまま素の君自身でも構わない。その他も主人公同様、ほとんど自由だ」

 さらに一段、指が下がる。

「基本となる世界観は現代。物語の進展によっては魔術なども存在するようにもできる。つまるところ、ベースとなる世界観は変えられないが、それ以外は何を登場・変化させても良いということだ」

 脚本家は指を紙面から一度離し、言葉を続ける。

「以上が、作品に関わる内容の説明だ。何か質問はあるかい?」

「いえ、ありません。しかし……本当に少ないですね、設定」

「そうだね。自由度を上げるために、核となる部分以外はほとんど作ってないからね」

 通常の作品であれば、どんな媒体であれ数多くの設定が存在する。世界観・キャラクター詳細・キャラクター間関係などだ。作品によってはさらに小道具類詳細・能力詳細などがその上に追加される。

 それらを紙に書き出してまとめた場合、本来だったらそれは何枚にもなるはずで、どんなに設定が少ない作品であっても、一枚の紙の両面はかかるのが普通だ。少なくとも、一枚の片面のさらに半分に収まってしまうなんてことはまずないのである。

 今回のこれは、そういうわけでかなり異質なのだった。

「さて、これは作品上では直接関係ないのだが、物語を作る裏方でもある君にとっては関係のある話だ」

 そう前置きし、脚本家は仕事の話を再開する。。

「物語を進め作品を面白くする上で、環境を変えたり何かを登場させたり、特殊な能力を与えたりする必要があるのは分かるね?」

「はい」

「それらの際に、その役割を担ってくれる人物を君のそばに付けようと思う」

 そこまで口にしたところで、ようやく脚本家の指が一番下に書かれている文章に添えられる。

「その者の名前は、塔冥狐(とうめいこ)と言う。女性だ」

 紙面上の文章には、名前と性別しか書かれていなかった。

「彼女は環境の変更や小道具類の召喚などをすることが仕事だが、それ以外にも君のサポートをしてもらおうと思う。物語の展開に思い詰まったり、良いアイデアが思いつかなかったり、困ったりしたことがあったら彼女と話すといい。自分だけでは思い至らないこともあるからね。……とまあ固く言ったけど、君と彼女であれこれ話し合いながら上手く進めてね、ってことさ」

「分かりましたが、一つ質問してもいいですか?」

「ん、何かな?」

「なぜ冥狐さんの役割を直接あたしに持たせなかったんですか? 決して変えてほしいということではないのですが、何となく疑問に思って」

 わざわざ他の人にその役割を分担しなくても、同時にあたしがやれば良いと思うのだが。それはダメなのだろうか? 何か不都合なところがあるのだろうか?

 確かに、サポートしてくれるのはありがたいし心強いのだが、あたし一人でやればそんな余計な人員を割かなくて済むのに。

 金髪のその指摘を受け、脚本家は「ああ……」と呟いた。

「それはね、監督からの指示なんだ。理由は、簡単に言うならクロスチェックかな。君はそんなことしない人だとは思っているけど、作品にとってそぐわないことをさっき説明した能力でやらせないようにするためさ。環境の変更などは二人が承認しないとできないようになってるからね(実のところクロスチェックは建前で、本当の理由は裏方二人組の掛け合いを入れたいからなんだけど)」

「そういうことですか。ありがとうございます」

 言われてみれば納得の理由である。二人で相互に監視をしなければ、どんなことでも可能になってしまうからだ。与えた能力に適切な制限をかけるのは、プロとして当然と言える。

「それじゃあこの場で悪いけど、早速彼女に会ってもらえるかな」

 脚本家はそう言って、視線を入口の扉の方に向けた。それから扉に向かって、やや大きめな声で呼びかける。

「おーい! 入っていいよー!」

 すると即座に扉が外側から三度ノックされ、すぐにその扉が開かれた。

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