地を見ず空を見上げれば

 春休みでも、野暮用で大学に来ることもある。例えば、ゼミ課題の調べ物とか、就活関係で就職課に立ち寄ったりとか。今日はゼミ課題の用事で大学に来た。人が少なくて歩きやすいね。

 ゼミ室に入ると、同期の久留米クンが紙の山を前に唸っていた。3年春の課題は提出された卒業論文をどれでもいいからひとつ読んで、その論文についてまとめること。反論をするもよし、さらに突き詰めるもよし。


「久留米クン、お疲れだね~」

「……あ。洋ちゃんお疲れー」


 俺の声に久留米クンの顔が上がって、お疲れさまな顔が露わになる。目にはクマが出来ているし、言うならばへろへろ。課題に一生懸命なのはいいけど、頑張り過ぎもよくないよネ。


「課題? エラいね~」

「ううん、文化会の仕事~」

「久留米クン文化会のエラい人になったの?」

「会計になったんだ。それで、こないだ抜き打ちの会計査察をやったんだよ。各部活の資料とか、怪しい部活の会計帳簿を押収して点検なんかをやってるんだけど、文化会ってこの時期何気に忙しくって人がばたばた動き回るからさあ」


 部長会とか文化会っていう組織には無縁だったからイマイチ何をやってるのかはよくわからないんだけど、星ヶ丘大学の文化系の部活を統括するっていう規模を考えるとそれはもう大変な作業になるんだなとは思う。

 人が来ないであろう場所でじっくりと作業をしたかったんだと久留米クンは手元の飲み物に手を伸ばした。その飲み物が「事務作業のストレスを一時的に軽減します」みたいなことが書いてあるのがよっぽどでしょでしょ。


「洋ちゃんの手前言いにくいんだけど、放送部が本当に真っ黒でさあ」

「あ、別に気にしないよ~。はみ出し者だし~。どう真っ黒なの?」

「最近の事案だと、4年生追いコンの費用を前部長が部費から私的に横領してて、その補填を来てなかった人から徴収しようとしてたりとか」

「えっ、俺追いコンの存在知らなかったけど徴収されてないよ?」

「えっと、あの子。洋ちゃんの友達のカーディガンの子。あの子の判断で洋ちゃんとか後輩の子にお金の話が行かないようにしたみたい」


 ちょっと待ってよ。俺の友達のカーディガンの子って。少なくとも放送部でそんなアイテムがトレードマークになってるのって、朝霞クンしかいないよね! 前部長ってことは日高がやってることじゃん。ホント何なの?

 久留米クンが押収した会計帳簿と、消された文字を復元した画像を見せてもらった。部外者には見せちゃダメって言われてるけど、この場限り、見た物を口外しない約束で。2万円以上の大きなお金を朝霞班から徴収。そんなようなことが書いてある。


「んー……」

「洋ちゃん?」

「……朝霞クンって、本っ当~……に! なんにも言ってくれないよね!! 前からずっとそう! どんだけ嫌がらせされても朝霞クンが1人で抱えてばっかり! ……ねえ久留米クン。俺って、不必要? そんなに頼りない?」

「洋ちゃんが頼りないとかじゃなくて、その子は洋ちゃんを巻き込みたくなかったんでしょ?」

「でもさ、俺だって朝霞班なんだよ。ホント、ヤんなる。何で俺ばっかりいつも守られてばっかなの。悔しい。なんで。あー……ホントダメ」


 ダメだ、泣きそう。て言うか、俺って朝霞クンにとっての何なんだろう。いつだって距離を縮めようとしてるのは俺だし、こんなことがあったって何も相談してもらえないし。まだ友達ですらないのかな。


「ねえ洋ちゃん」

「……なに?」

「守られたからこそ出来ることを考えない?」

「例えば?」

「そうだなあ。守られたからこそ洋ちゃんはいつも通り笑顔で彼と触れ合って、嫌なことを忘れさせてあげることが出来る。とか? 一緒に腹を立てたり一緒に傷つくことだけが友達じゃないんじゃないかな。洋ちゃん、笑って笑って」

「……えへへ」

「その調子」

「久留米クンありがとね。まだ吹っ切れてはないけど、やってみるよ~」


 今日はもう気持ちが課題どころじゃなくなっちゃったから、山のように資料を積んでる久留米クンのお手伝いをすることにした。数字と睨み合うことで気持ちがリセット出来ればいいんだけど。


「でも、洋ちゃんが怒るって珍しいね」

「内緒だけど俺ね、朝霞クンに対しては結構な頻度で腹立ててるよ。他の人にはそんなでもないんだけど、何でだろうね~」


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