抱えた仕事の裏事情

「なあ宇部、日高の野郎はマジで何考えてやがるんだ」

「同感よ」


 宇部に呼び出されたのはクラブハウスの中の個室。いつもなら放送部の部室だったけど、部活を引退した今となっては部室を勝手に使うことを自粛したのだろう。

 要件は、先日行われたらしい4年生追いコンの参加費の請求だった。旧朝霞班に請求された額は21000円。一応言っておけば、俺たちはそんな会に参加していない。


「何がどうなってそんな額を請求されてるんだ。4人で2万オーバーはどう考えてもおかしいだろ」

「一応、部員には費用を出す義務があるという体ね」

「で? 追いコンがあることを知らされていなかった俺たちにも金を出す義務があるってか」

「私も心底下らないと思っているわ。便宜上取り立てには来てるけど、手ぶらで帰るわよ」


 代々はみ出し者の流刑地と呼ばれてきた班は、部活全体の集まりを敬遠することもあった。だけど、今期は俺たち流刑地側が大元との関わりを自ら断っている訳ではなく、とことん排除され続けてきたのだ。

 今回の追いコンの件にしてもそうだ。去年は一応開催の知らせをもらっていたけど、今年は開催の知らせすらなかった。今年の幹事は新しく会計になった長門だと聞いている。


「長門っつーことは日高の息がかかってるな」

「私も、さる筋から聞かなければ話の全貌は見えなかったのよ」

「――と、言うと?」

「内部告発があったわ。長門が参加費用を誤魔化していると。日高班の参加費を一時的に部費から借用して、その補填に朝霞班から徴収しろという日高の指示があったそうよ」

「何が悲しくて日高の飲み代を俺が出さなきゃいけねーんだ」


 今回の参加費は一人当たり3000円。2・3年生は4年生の分の費用を捻出するために気持ち多めに出す慣わしがあるから3500円。俺が請求された21000円というのは日高班の7人で割った額と一致する。


「あれっ。でも日高班って2・3年が6人で1年が1人だろ。24000円請求されてなきゃ計算が合わなくないか」

「所沢怜央は自費で負担しているのよ」

「所沢? どんな奴だっけ」

「マッシュへアーのディレクターよ。目が隠れていて」

「ああ、アイツか」


 その所沢というディレクターが何を思って金を出したのかはわからないが、本来ならそれが普通で、そうあるべきだ。部の金を飲み代に補填するとか私的流用の罪で文化会規約か何かに引っかかるだろ。

 こんな話を山口や戸田にするのも下らないし、こんなことに巻き込みたくはない。所詮、俺に対する日高の私怨が原因だ。出来れば俺で止めておきたい。金を払わないための理屈を考えるのだ。


「朝霞、この件に関しては私に任せてもらえないかしら」

「いいのか」

「ええ。告発者へのフォローもしたいし、文化会規約や法律の観点からも擦り合わせるわ」

「そういうことなら任せる。いろいろとすまない」

「いいのよ。これが私の仕事だもの」


 宇部は何を思ってこれを“仕事”と言ったのだろうか。部活はとうに引退しているからそんな仕事を自ら抱えに行く必要はないのに。確かにクーデターには失敗している。それでも、そういう事情を抜きにして目の前で行われた汚い行為が許せないのかもしれない。


「ああ、それとね朝霞」

「ん?」

「萩さんが、越谷さんも交えて朝霞班と個人的に顔を合わせたいと言っていたわ。場所はいつもの店で、いい日があれば嬉しいのだけど」

「萩さんが?」

「幹部アレルギーの戸田さんが素直にいい返事をしてくれるとは思わないけど、私からもお願いするわ。お叱りとか、悪い話じゃないの」


 部活の集まりになんか出なくてもと思っていた節はあるけど、萩さんからはとても良くしてもらっていた。確かに挨拶のひとつくらいは必要だ。戸田には萩さんのことを伏せて、単純に越谷さんとの飲みっていう体で招集するか。

 たまたまあの日、萩さんが麻疹で大学に来られていなかったからこそ戸田が越谷班に流れされてきたという縁がある。萩さんは毒をも受け入れる人だ。最後に噛み付かせてみよう。今の戸田はどうするか。


「俺はお前もその席にいればいいと思うけどな」

「楽しそうだけど、遠慮しておくわ。互いに、見られたくない姿を晒すだけだもの」

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