荒波と水平

「部長。先日の追いコンの余剰金の返却です」

「余剰? 長門、出所はどこだ」

「禁則事項です」


 部室でもミーティングルームでもない個室で行われる密会。部の会計に就任した長門さんから柳井部長に茶封筒が手渡される。追いコンの余剰金という名目のそれは、俺が参加費として出した分の3000円でしょうね。

 先日の追いコンも、随分と真っ黒な現場でした。旧日高班の面々は参加費が徴収されず、彼らの参加費は部費から出ていました。それに関して前部長の指示があったのをこの目で見ました。

 会計が幹事だとこういうときに帳簿の操作をしやすいんでしょうね。それで実際に足りなくなった分のお金は朝霞班から徴収すればいいと。朝霞班の姿はそこになかったはず。


「出所の分からない金を受け取るつもりはない。追いコンの余剰金であるのなら部費に計上しておいてくれ」

「いえ、しかし……わかりました」


 俺は長門さんの補佐とか手伝いという体で最終的な閉めの仕事を押し付けられ、帳簿や現金と向き合いながら部長と会計の話に耳を傾けています。雑務がDの仕事だというスタンスは日高班から長門班になっても変わらないようで。


「しかし、戸田をどう扱うか」

「戸田ですか」

「先代は前部長と朝霞の個人的な因縁だったが、今期の流刑地は戸田が班長だ。いつ俺たちの首を狙ってきてもおかしくない」

「放っておいても野垂れ死にませんか。Pとアナがいない班なんて恐れるに足りません」

「浦和がいる。アイツ次第では瀕死状態の流刑地が息を吹き返しかねない」


 チラリと話には聞いたことがありましたが、戸田さんはやはり幹部サイドからすれば要注意人物という扱いのようです。現4年生の幹部に盾突いて流刑地送りになったという話ですね。


「あの溝鼠が。目の前をちょろちょろしやがって、元々目障りではあったんだ」

「溝鼠、か」

「前監査と戸田に心酔してるという時点で邪魔な存在だ。勝手に消えて清々した」

「柳井、鼠の生命力をなめない方がいい」

「誰に向かって物を言うつもりだ」

「失礼しました」

「俺は燕だろうが鼠だろうが捕って食う烏だ」


 カラスだなんて。もっと大きな例えはなかったのでしょうか。野口英世の人数を数えながら、物騒な話に耳を傾ける。長門さんは部長に対する敬語が抜けることがあるようで。そもそも、同学年なのに部長に対して敬語で接する必要がどこにあるのかと。


「戸田班の資金を断ちましょうか」

「戸田の資金繰りと資材調達力は元を断ったところでどうにでもなる」

「適当な理由をつけて謹慎を食らわせて、反抗する気力を奪うなど」

「朝霞の例がある。逆効果になるのがわからないか」

「D風情が。DをアナやPと同等に扱えなどと何故言える」

「長門、戸田を手の上で転がすつもりならそれはご法度だ」


 柳井部長が何を考えているのかわからないのが怖いですね。戸田さんの動きを警戒しつつも、あからさまなNGワードや言動を封じて敢えて泳がせているようにも見えると言うか。

 D風情が。そう言ってしまう人の下にいるディレクターでいるというのもこれから1年、気が重いです。アナやPと同等に扱えと言うつもりもありませんが、基本的な人権くらいは……贅沢でしたね、D風情が。


「反体制派を幹部にしたのは明らかなミスだ」

「反体制派?」

「前監査だ。あれは部長に従順な右腕でいた体で部を掌握し、日高体制を転覆させようとしていたに違いない」

「……柳井、疑いが過ぎるんじゃないか? 仮にもお前も宇部班だっただろう」

「宇部班だったからこそだ。確かにあの人に能力はあった。だからこそついて行った。だが、温い。あの人がその気になれば圧倒的な力で支配できた物を。あの人の温いやり方が気に食わなかった。前部長も糞だ」

「その前部長の命に未だに従い続ける俺も糞、ですか」

「……戸田つばめ、その前なら越谷雄平。反体制を掲げ、実際に盾突いた者の方がよほど厄介だ。結果はどうあれ信条を貫き、実行する連中の方がよほど」


 部長が何を考えているのかがさっぱりわかりません。ただ、部長のいうことによれば宇部さんには裏の顔があったようですね。ただ、それももう過去の話。己に盾突きそうな存在である戸田さんの動きに注視しつつ、というところでしょうか。


「長門、追いコンの参加費は1円たりとも漏らさず徴収しろ」

「はい」

「もちろん、朝霞班からではなく日高班からだ」

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