至極の間合い
「ユースケ!」
「どうした、騒々し」
い。
そう言い終わる前に、烏丸さんは林原さんを壁際に追い詰める。
やることを大体潰して、今は自習室の掃除中。今日はシフトに入っていないはずの烏丸さんが、どうして閉めの作業をしているセンターにやってきたのか。それと、林原さんにいわゆる壁ドンをしているのか。
「俺さあ、思いついたんだよ! 見て見て、巻き尺! ボタンを押すとシューって戻るんだよ! すごいでしょ!」
烏丸さんはどこかこのセンターにいる人とは感覚がズレているところがある。センターにいる人は割とみんな変わってるところがあるとは思うんだけど、烏丸さんは特にぶっ飛んでいるように思う。
今も、巻き尺を伸ばしたり引っ込めたりしながら林原さんに対するプレゼンテーションを始めようとしていて、なんとな~く嫌な予感しかしない。出来れば程よく物理的距離を取っておいた方がいいな。
「で、何を思いついたんだ。それと、距離が近い」
「そう、聞いて! ユースケの等身大フィギュアを作ろうと思って!」
「まさかこの巻き尺で」
「寸分の狂いもないデータを取って3Dプリンターで出力したいと思ってるよ! 先生がね、そういうことなら使わせてあげるよって」
う、うわ~、学部の機材を私利私欲のために使おうとしてるヤツだ~。
でも、烏丸さんの目がキラッキラしてるんだよなあ。林原さんのことを喋ってる時しか目に光がない烏丸さんの目が、キラッキラしてるんだよなあ。
烏丸さんは林原さんに異様な程執着しているように見える。きっかけはよくわからないけど、気付いたら。そして、林原さんの種を残すことが最重要課題だと言わんばかりに近付く女の人を品定めしたり威嚇するのに忙しそう。
林原さんは壁ドンをされたまま烏丸さんの演説を聞いていた。眉間にうっすらと入るシワ。あ、これはダメっぽそう。巻き尺を翳して息を荒げる烏丸さんが、林原さんに触れようとした瞬間のこと。バターンと音がして、床に転がる烏丸さん。
「ユースケ痛い!」
「いい加減にせんか! 掃除の邪魔をするな」
「ああ……でも容赦なく足を払うのもさすがユースケ…! 何がダメ? 等身大なところ?」
「オレのフィギュアなど作って何をする気だ。そもそも等身大は無理があるだろう」
「え、データ作ってガーって出せばいいんでしょ? よくやってるから平気だよ!」
そうだった。林原さんは自称天才だけど、烏丸さんは結構本気の天才なんだったー……やろうと思えば何だって出来ちゃうんだよなあ。春山さーん、助けてー。
「わかった、等身大がダメならペニスだけでいい! お願いだから測らせて!」
わーっ! 言葉だけ聞けば妥協っぽいけど明らかに要求がエスカレートしてるー!
「性器のフィギュアなど、等身大より引くぞ」
「男根崇拝の文化があるから大丈夫だよ! でも俺のは民俗学じゃなくて生物学的視点でちゃんと学術的にも活用させてもらうしサンプルとしてデータ採らせてもらいたいし副産物としてこのシャーレに生殖細胞を」
――と、ここまで言ったところで立ち上がろうとした烏丸さんの足を再び払う容赦なさ。さすが林原さんだ!
「うう……本当に学術的にも使うのに……」
「“にも”とは何だ“にも”とは。学術的以外にも用いる気マンマンではないか」
「どうせならユースケのがいい」
「まあ、拒否するがな。何が悲しくて職場でマスターベーションなど」
「じゃあ家に行っていい!? 家でオナニーしよう!? 車の前で立ってれば乗せてくれる!?」
「来るな! 轢くぞ!」
「今更傷のひとつやふたつ増えてもわからないから平気! 多少の衝撃じゃ死なないよ!」
「そういう問題ではない!」
はー……掃除が終わらないなー。春山さーん、助けてー。ツッコミが追い付いてませーん。早く終わらせたいけど近付きたくないでーす。巻き込まれたら終わりのヤツでーす。この際カナコさんでも冴さんでもいいので助けてくださーい。
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