兄と課題とスペイン語
「ねーよっぺー」
「ど~したの~?」
「あのさー、航平のインスタとか見てるとさー、部屋にスペイン語の本とか結構あるみたいだけど、海外も視野にあんのかなーって」
突然伊東クンが何を言い出したかと思えば、航平が海外移籍だって~? ほら、これなんだけどさーと伊東クンは航平がやってるインスタグラムの写真を見せてくれると、確かに航平の部屋と思われる場所に外国語の本がある。
伊東クンとはIFサッカー部っていう派生団体を一緒に立ち上げた仲で、今日は伊東クンの撮り溜めたゲームを鑑賞するっていう会。そして画面にはピッチを駆ける弟、航平の姿がある。伊東クンは航平のファン。兄としては嬉しい。
「俺第二外語スペ語だったからスぺ語はなんとなくわかるんだけどさー、何気にスぺ語の本多いじゃんなー」
航平がインスタグラムに載せてる写真は基本的に航平本人が俺にも送って来るから大体の写真は見てたけど、航平本人にピントが合ってるような画像の背景を見てそんな推測をするって、さすが伊東クンだよね~。
伊東クンは俺にお茶を淹れてくれながら言う。もし航平が海外に移籍したら、プレーだけじゃなくて食事やチームメイトとのコミュニケーションも大事になるし、今からそんなことを考えてるのだとしたら偉すぎると。
ただ、その真相を知っている俺からすれば、航平が海外移籍のためにスペイン語をかじってるんだと熱弁されても「はあ、そうなの~」って真顔になるしかないんだよね~。逆に笑えるかもでしょでしょ~。
「航平のレベルじゃ海外なんてまだまだだよ~、スタミナもパワーもないし」
「うわっ、よっぺ珍しくキビシー」
「今はまだ国内で頑張ることが残ってるからね~、海外なんて考えてもないはずだよ~」
「それじゃああのスぺ語はなんなんだよー」
う~ん、いいのかな。まあ、いいか。伊東クンなら航平は何が好きで~みたいなことも知ってるはずだし、航平も内緒にしといてとは言ってないし。あれ~、ネットでちょっと見たんだけどな~、伊東クンのアンテナには引っかからなかったのかな~。
「伊東クン、航平はサッカー以外のスポーツも好きなのは知ってるよね~」
「もちろん! 野球にバレーボール、陸上に水泳、見る専だけど何でも来いだろ? 最近はバスケも好きだって」
「やっぱり知ってた~。それじゃあ、たまのオフに野球見に行ってるのも知ってるよね~」
「それは何となくレベルかな」
「それで~、ドームに行ったときに助っ人外国人の選手がすっごい活躍して~、一気にファンになっちゃって~。それで、彼に「応援してます、頑張ってください」って母国語で伝えたいって言ってスペイン語を勉強し始めたんだよ~」
「えっ、そんな理由で!? いや、まあ会える可能性はゼロじゃないだろうけどさあ!」
海外移籍とかじゃなくてヒーローへの憧れ。だけど強い想いには違いないからね~。中南米あたりだとスペイン語が公用語だったりするし、勉強しといて悪い物でもないからね~。
マグカップにつけた口を離さない伊東クンは、あからさまに落胆しているかと思いきや。口を離すやいなや「これでこそ航平だ!」と立ち直っちゃった。何かもう伊東クンもこれでこそだよね~。
「それでね~、見てこれ」
「わっ、なにこれ!」
「やっぱり野球のサイトまでは見てなかったね~。航平、その選手に偶然だけど会えたんだよ~、焼肉屋さんで~。それで、彼のツイッターにサッカー選手とのツーショット写真が~ってまとめられてたよ~」
「わー、マジか。野球は盲点だった」
航平から俺に直接送られてきたその写真はネットに上げられてた物とは少し違うけど、構図自体は同じ。航平が憧れの人と偶然会って写真を撮ってもらったっていうそれ。勉強した甲斐があってちゃんと「応援してます」って伝えられたって、嬉しそうな文面だったな~。
「航平のコミュ力があれば後は課題克服で海外だな!」
「う~ん、難しいと思うよ~」
「なんでだよー」
「海外に行くならさ~、俺離れを進めないとでしょでしょ~」
「あ、当分海外ないわ」
「でしょ~?」
「航平はよっぺの飯が食えない環境に出てく奴じゃない」
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