泥船ヨーソロー

「いいか佐久間君、俺ら底辺には底辺らしい足掻き方があってだなあ、それはもうなるようになれっつー、そーゆーことよ」

「ボク底辺やった覚えないんですけど」

「いーからここは底辺って言っとけ! 中途半端なことやってたらもらえるノートもプリントもなくなる!」

「しやかてボク底辺と違うんですよ」


 ははーと土下座せんばかりの勢いで、前原先輩がヒロを伴って磐田先輩に集っている。前原先輩が自らを“底辺”と言い切る潔さは非常にすっきりさっぱりしているのだけど、ヒロは何なんだ。

 向島大学でもテスト期間に入り、日頃の成果を試す時が来た。それはいい。俺は普段からやっているし、テスト期間になったからと言って特別慌ててもいないから。それがどうした。ヒロの奴は例によってぐだぐだだ。


「磐田先輩、ヒロを助ける必要はありません。助けたが最後、根こそぎ毟られ後には何も残りません」

「の、野坂くん……いつもは優しいのに今日は怖いねえ……」

「ノサカなんか常に鬼ですよ! 磐田先輩そのヘンクツ詐欺師にダマされとるんですよ!」


 俺からすればヒロなんかド底辺どころか沼だ、谷だ、海溝だ。普通にやっていれば進級が危うくなるなんてことはまずありえない。磐田先輩曰く、前原先輩もさすがに進級が怪しいということはなかったそうだし。

 ヒロのめんどくさいかつ許せないところは、最低限単位を取ろうとするのではなく、普段から努力をしないくせに人から集ったものでより良い成績を取ろうとするところだ。

 菜月先輩や律のように、出席やノートがないならないで己の能力をフルに生かした結果のA評価やS評価であればいい。さすが菜月先輩(または律)は知識の引き出しが多いし文章を書く能力が高いからこうなるんだなあと理解は出来なくないけど。

 何度でも言う。ヒロのめんどくさいかつ許せないところは、ない物を俺から集り、その俺より自分がいい評価をもらえるようにしろと平気で言う。結果が出たら出たで俺の評価を賄賂だのなんだのとボロクソに言ってくるところだ。言っとくけど、俺よりいい評価なんかお前の授業態度じゃ到底出ないからな!


「前原先輩、ホンマにこんなんで過去問もらえるんですか」

「おうよ、大船に乗ったつもりでいていいからな」

「泥船やなくてですか」

「おっ、おおっ!? 言うねえ佐久間君」

「ヒロは先輩だろうとナチュラルにディスります。磐田先輩、繰り返しになりますがヒロに過去問を出す必要はありませんので」

「う、うん」

「なんやのノサカのアホ! 鬼! オールS! 何でノサカばっかりチートみたいな成績表になるんか意味わからんわ! ボクかてS欲しいわ!」


 何故オールSが蔑称のようになっているのか意味が分からない。俺が勉強に励んでいるのは、資格を持っていれば就職してからの賃金に上乗せされる何かに期待したり、純粋に勉強が楽しいのもある。何より、愛する人とその人と築く家庭を守る力をつけるためだ。Sの数、そして率は菜月先輩への想いだと言わせてもらおう。


「敢えて言おう。俺とお前の差は普段からの積み重ねだ」

「佐久間君、野坂君マジでオールSなんか」

「マジでオールSですよ」

「かー、一発当ててその金で単位売ってもらえねーかなぁー」

「金を積まれても制度の都合もあるので単位は売れませんし、前原先輩はまず磐田先輩への借金を返済すべきでは」


 ヒロを助ける必要はない。磐田先輩に言っている言葉は自分自身にも言い聞かせている。毎回何だかんだ言って最後には助けてしまっているから。今回は心を鬼にして、留年しようが何だろうが絶対に助けないのだと心に決めたのだ。これまでの恨み、忘れてたまるか。

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