触っちゃいけない

「そしたら、要らない物は捨てるから分けといてくれる」

「わかったよ。要る物はどうする?」

「置いといて」


 今日は、ヒロの部屋に呼ばれて引っ越し準備の手伝い。来年度から青浪敬愛大学は一部の学部が新校舎に移転することに決まっている。ヒロの学部も移転の対象になっていて、通学の都合からヒロは引っ越すことに決めた。

 純粋に1年間だけだったら今のアパートに住み続けることも考えたみたいだけど、ヒロの場合は入院で空いた半年の分、卒業が遅れることになっている。残りが1年半だと考えた場合、引っ越してしまった方が楽なのかもしれない、と。

 病院で定期的に診てもらっているけど頻度が下がってきているし、車があるからたまの通院もさほど苦労はしないと思ったらしい。校舎は地下鉄の終点にほど近い星港市郊外から、街の中心近くに移転する。それに伴って、部屋も中心地近くに。


「学祭の占いで着てたローブは?」

「一応取っといて」

「じゃあ、この白いのは?」

「お化けちゃんを使う当てはないね」

「捨てる?」

「保留しといてくれる」

「わかったよ」


 ヒロは大量の本の整頓に追われている。気付いたら文献が増えているようだ。そして、周りを見渡せば、少し変わった人形や何かがこっちを見ているような、不気味な気配を発している。こういうのも好きだもんなあヒロって。

 それらの文献でも、学術的な観点で必要な物と、単純に趣味で買った物は別らしい。俺から見ればどれもおどろおどろしい本なんだけど、ヒロ的には違うらしい。学術と趣味で本やファイルを分けながら、ヒロは一冊一冊が重いと悲鳴を上げる。


「松江、場所取るから本の箱重ねといてくれる」

「わかったよ。わ、重いね」

「俺じゃ持ち上がらなくて」

「はい。これでオッケー」


 本をこれでもかと詰めた箱は、しっかり構えて持ち上げないと持ってかれそうになるくらいには重い。俺でも重く感じるし、ヒロにはもっと重たいだろうな。引っ越した後も手伝うことになりそうな気がする。


「あ、ヒロ。ファイル1冊残しちゃったみたいだけど」

「ああ、それは使うヤツ」

「そうなんだ」

「料理するときは見てやらないと」

「レシピ集なんだね。見ていい?」

「いいけど」


 ファイルを開くと、料理のレシピが手書きで丁寧にしたためられていた。ヒロの食べられる食べ物を使った、見た目に簡単そうな、それでいてしっかりとしたメニュー。ヒロの字で書かれたものではなさそうだ。


「ヒロ、このレシピ、どうしたの?」

「どうもしないから」

「……机の上に置いとくね」


 きっと、あまり触れて欲しくはないんだろうなって。こういうときのヒロをあまり突っつくのも良くないし、レシピの出所とか、それを作ってもらうに至った経緯を俺が知ったところで何かあるワケでもない。

 腹巻きの件にしてもそうだけど、俺の知らないところでもヒロのことを心配してくれたり、大切に思ってくれている人がいるんだなって思うと嬉しく思う。特に、食事に関しては病気になる前からこう言っちゃ難だけど結構いい加減だったし。


「次は服とか小物の整頓だけど……」

「そろそろ中ご飯の時間だから」

「そうだよね」

「中ご飯作ってくるけど、マフラーと帽子に触ったら出禁にするから。それ以外をやっててくれる。大体の季節に分けといて」

「わかったよ」


 そう言ってヒロはさっきのレシピファイルを手に台所に行ってしまった。炒めるだけとか焼くだけだった今までのヒロの料理からすると、かなり手間暇をかけたしっかりした料理になったなっていうのが音でわかるようになる。

 触ったら出禁にするって言われたマフラーと帽子は、腹巻きと同じ紫色をしている。きっと千鶴に買ってもらった毛糸で作ってもらったのかもしれない。手編みの小物は最初は腹巻きだけだったと思うし。おっといけない。触ったら出禁にされちゃうや。

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