声に出せるうちは余裕

「あー、まただ」

「川北、B-06をブラリ登録だ。それと、B-06に次の利用者を通せ」

「はーい」


 廊下には、今にも食ってかからん勢いの怒鳴り声が響く。今し方自習室から強制退場させられた利用者の人だ。俺は林原さんからの指示通りに淡々と学生証を返し、次に順番待ちしていた人にカードキーを手渡す。

 俺の隣では、利用者でごった返した時に列を整理したりする役のカナコさんがスタンバっている。今は比較的落ち着いているから受付席の業務を見て見習い業務中、という体。

 バイトリーダーの役割を引き継いでからも林原さんは相変わらずキレッキレで、この繁忙期で林原さんにつまみ出された利用者はそこそこいる。カナコさんも最初は戸惑っていたようだけど、今では俺と一緒にまただねー、なんて言って慣れた様子。


「でも、雄介さんて卒論書いてる4年生でも容赦なくつまみ出すよね」

「俺も最初見たときはびっくりしましたけど、自習室で騒ぐし、飲食禁止なのに飲み物こぼしてキーボード壊すし、隣の利用者さんにいちゃもんつけるしで追い出されて当然だったと思いますよー」

「あー、それはヒドい」

「春山さんが言うには、有名企業に内定もらってたのに林原さんにつまみ出された結果卒論出せなくて卒業出来なかったーなんてこともあったみたいですよー」


 こわいねー、と落ち着いたけど林原さんは味方だ。味方と言うには少し違うかもしれないけど、少なくとも頼もしい先輩ではある。そもそも、規約の全部を守れとは言ってない。静かに作業をしてくれればそれでいいのに。

 林原さんの言うところによれば、情報センターはお店ではないし利用者はお客さんでもない。そして、俺たちスタッフは店員ではなく管理者。利用者はお客さんでないのだからお客様は神様だと言わんばかりにふんぞり返るのは筋違いだ、とのこと。

 林原さんにつまみ出された人が次に向かってくるのは大体受付だ。ただ、情報センターに揉まれた結果、多少の恫喝や睨みなんかには動じなくなってしまった自分がいる。慣れって怖いなあ。春山さんと林原さんの方が数倍怖いなんて言ってない!


「ミドリ君、外でまだ怒鳴ってるけど」

「相手にしてたら仕事にならないんですよー。それに、利用者記録でどこの学部の誰なのかがわかってるので、よっぽどヒドいことをされたら学生課に言うんですよ」

「そしたらどうなるの?」

「状況にもよると思いますけど、何らかの注意が行くみたいですよー。ウワサなんですけど、センター出禁を食らった人用のマシンっていうのが学生課にあるらしくて、そこから学生システムにはログイン出来るみたいなんですけど、センターでやらかしてるっていうのがわかるそうなので授業態度なんかを重要視する先生だとそれが原因で落とされるとかもあるとかないとか」


 こわいねー、と俺とカナコさんは外を後目に内で落ち着く。相手にしなければ、外でわあわあと怒鳴っている人もそのうち諦めて去っていくものだから。春山さんだったらひと睨みで退散させられてたけど、俺には無理だからこうやって穏便に。

 本当はブラックリスト登録だってしないならしない程度に収まればそれが一番いいんだけどなあ。1回注意して「あっすいませーん」って次からちゃんとしてくれる人の方が多いのに、リストに登録されるような人はどうして直らないんだろう。


「でも、今B番って林原さんと烏丸さんが入ってるじゃないですか。あの2人っていうのが何となく怖さを増しませんか」

「春山さんと雄介さんっていう組み合わせとは別の恐怖っていう意味?」

「そうですねー。何て言うか、烏丸さんが」

「利用者さんからの恨みを買うとすれば雄介さんだけど、雄介さんに危害を加えられないようにするのが烏丸さんのあの狂気じみた友愛の精神、ってヤツだよね」


 これも、こわいねー、と落ち着いた。ここにいれば普通のこととして慣れきってしまうんだけど。慣れって怖い。利用者さんの怒鳴り声には慣れたくなかったけど、慣れって怖い。あと、俺も他の施設とか公共の場所でああならないように気を付けよう。


「でも、雄介さんに蔑んだ目で睨み下ろされるって考えたらゾクゾクしちゃう」

「ええと、カナコさんのそれは怖いのゾクゾクじゃなくて、快感のゾクゾクですよねー。……こわいなー」

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