湯けむり文豪気分旅

「裕貴、いつものヤツ」

「お、悪いな雄平」


 いつものように土産物を裕貴に渡して、そこから少し立ち話を。食堂に行ってゆっくり座って話をしてもよかったけど、どっちにしても寒いし動くのが面倒だから立ち話で良い。

 立ったまま使える円形のカウンターテーブルの上に、裕貴は早速手にした土産物の包装紙を開く。箱の中身を取り出して、俺にもひとつ手渡した。個包装を開けば、カステラ生地の甘い香りが漂う。


「卒論も提出したし、これで後は卒業を待つのみだ」

「何か洋平にボコボコにされたって聞いたけど」

「洋平には途中途中で批評を頼んでいたんだ。アイツの着眼点や指摘は鋭いし、矛盾点も的確に突いてくるから執筆が捗った。雄平、お前の卒研はどうなったんだ」

「論文は提出したし、卒論発表が終わればもう自由だな」


 俺の周りには4年にもなって単位を大量に残しているとかいう奴はほぼほぼいないし、いてもそれは他校の話になる。つーかマーは忘年会の時点でゼロ文字だって言ってた卒論をどうしたのやら。

 俺も裕貴もテストなんか今更残していない。水鈴はどうだったかなあ。俺は卒論発表、裕貴はこの春から就職することになっている百貨店での研修こそあるが、ほぼほぼ自由の身となった。


「雄平、卒業前に旅行にでも行かないか」

「卒業旅行か、いいな。いや、でもお前は部活とかゼミとかでそういうのはないのか」

「そういうことをするような部活に見えるか?」

「俺が言うのも難だけど見えない」

「ゼミも割と他者のことには不干渉でな。卒業前にゆっくり旅行はしたかったのだが、なかなか」

「で、いつ、どこに、何泊の予定なんだ?」

「それはこれから考える。お前の都合もあるだろう」


 さて、卒業旅行の計画だ。人によっては海外に1週間近く滞在することもあるらしいが、そこまでの規模にするのかと。裕貴が何と言うかにもよるが、俺の希望としては国内だ。

 “光洋の月”を食べつつ、さてどこに行こうかと考えていたのは裕貴も同じようだった。先に計画を立てている周りから見聞きした事例を参考に、自分たちも1週間くらいのんびりするのかと。


「裕貴、俺は国内がいいなと思っている」

「奇遇だな。俺も国内希望だ。この世界情勢だしな。雄平、俺は動き回るよりはゆったりしたいと思っていてだな」

「奇遇だな、俺もだ。って言うか、俺らのパターンで言うとこのまま話し合ったところで多分譲り合う気がする。ぶっちゃけた希望を同時に、せーので言うか?」

「そうだな。じゃあ、同時に何となくの希望を言い合おう」

「じゃあ、行くぞ。せーのっ」


 温泉。


 そう声が揃うと、思わず笑いがこみ上げる。卒業旅行が国内の湯けむり旅になることは決定したようだけど、温泉と一言で言っても様々だ。その辺りの擦り合わせはこれから。

 裕貴の中で温泉と言えば光洋だったらしいけど、さすがに卒業旅行で地元をぷらぷらするつもりもない。西にしないかという我が儘を吞んでもらう。


「ところで雄平、水鈴に声はかけるのか?」

「かけなくていい。仕事が忙しいだろうしアイツは絶対混浴がどうこう言うから」

「そうか。確かに水鈴なら言いかねないな。それに、雄平に夜這いをかけたいと言って俺が部屋から追い出されかねない」

「お前そんな恐ろしいことを真顔で言うな」

「水鈴ならあり得ると思ってな。……ゆっくり旅行をする方向だな、雄平」

「ゆっくりな、ゆっくり」


 温泉という目的が決まってやることと言えば、どの温泉にするのかというところ。宿の料金や温泉街についても調べなければならない。本屋に行ってガイド本を探すのか、スマホ片手にいろいろ調べるのか。


「せっかくだし、1週間くらいのんびりしたいよな」

「ああ。丸1日宿にこもる日があったりしてな。散策の日があったり」

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