土産の気配に影が寄る

「うーい、帰ったぞー」

「センターへは随分と遅いお帰りですね」

「かーっ、相変わらず嫌みったらしい男だなーお前はー。土産はなしでいいな」

「挨拶のようなものじゃないですか。それとこれとは別件です」

「ったく」


 春山さんが向島に帰ってきた。春山さんの帰省は情報センターの誰よりも長い期間を見なければならない。海を越えるからっていうのがまずひとつ。俺みたく、車でぶーんって行けるような距離じゃないから。

 大きな荷物を抱えてきた春山さんは、新年早々林原さんと挨拶代わりの口喧嘩。どうやら俺の知らないところで年末に何かあったらしい。話によれば、学祭の時にやってたバンドの関係でナントカ。アオも何か言ってた気がする。


「川北ァー、バターサンドだぞー」

「わーっ、いいんですかこんなに大きな箱でー!」


 春山さんが帰省するとなると、林原さんみたいな経験値の高い人はあらかじめ買ってきて欲しいおみやげのリクエストをするのが風物詩みたいになってる。俺も夏はおまかせだったけど、冬はやっとリクエストが出来るようになった。

 空港でのおみやげコーナーを見てるとどうしてもいろいろ買って来たくなるそうだ。北辰エリアにはいろいろな限定品があるし、文化もこっちとはちょっと違ってくる。こっちに来ちゃうと日用品でもなかなか向こうと同じモノは買えないらしい。

 俺のお気に入りは定番のバターサンド。なんて言うか、何とも言えないおいしさがあって夏にすっかりハマってしまった。夏も春山さんはセンター用に箱で買ってきてくれたんだけど、ほとんど俺が食べちゃった気がする。


「お前ならこれくらい余裕で食うだろ」

「食べますー、わー嬉しいなー」

「おう、たんと食えよ」


 ピーッと銀の包装紙を剥くと、ふわっといい匂いが漂う。レーズンって特別好きなワケでもないんだけど、これは本当においしいんだよなあ。う~ん、幸せだ~。おいっしいな~!


「えーとリン、冴は実質ダイチと同居中なんだったか?」

「そうですね。実質」

「あっ、烏丸さん、年末年始は冴さんの実家に居候してたらしいですよー」

「何じゃそりゃ。まあ、冴の土産はダイチに預けときゃ間違いないっつーことだな」


 机の上に広げたチョコレートを摘みながら、俺と林原さんはおみやげプレゼンを聞いていた。どれもおいしそうだなーって。でも、俺はバターサンドをもらっちゃってるから選択権みたいなものはもうないんだろうけど。


「こんにちはー」

「よーうカナコ、来たか。おみやげあるから好きなの持ってけ」

「えっ、こんなにたくさんある中から選ぶんですか?」


 春山さんのおみやげラッシュを初めて目の当たりにするカナコさんが圧倒されている。そうだよなあ。俺も夏はそうだった。どれもおいしそうだなーとカナコさんは楽しそうに眺めている。

 カナコさんが、俺のバターサンドに目を留める。もう箱が開いているし、気になるのかなあ。それか、俺が食べてた残り香があったのかも。うんうん、おいしいし、いい匂いだもん。気になるよなあ。


「あ、これミドリくんの? おいしそー」

「よかったらおひとつどうぞー」

「ありがとー。ん、おいしー!」

「そうだろー。川北はバターサンドが好きでなー、夏に買ってきた箱もほぼほぼ1人で食い尽くしたんだ」

「これは食べちゃいますねー、罠ですよ罠。つい食べ過ぎて太っちゃいます」

「カナコ、お前年末は星港にいたみたいだけど実家に戻らなかったのか?」

「聞いてくださいよ春山さん! 年末、私がブルースプリングのライブを見てるその裏で、地元では先輩が」

「あーはい今日も働くぞー」

「だから聞いてくださいよー!」


 あははー、と。今年もカナコさんの先輩さんとのすれ違いと、その話をスルーする春山さんのコントめいた掛け合いは健在。どうやら事情を知っているらしい林原さんは、“運命”とは儚いものだな、とバターサンドに手を伸ばす。


「カナコさん、何かあったんですか?」

「話をさせるとバターサンドが全部食い尽くされるぞ。それくらいの事案だ」

「は、はあ」

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