speak the truth

『成人式なー』

「はい、そうなのですが、今から重圧で死にそうで」


 何がどうしてそうなったのか。菜月先輩との通話中、唐突に上った話題がこれだった。重圧で死にそうになっていて、出来れば忘れ去っていたいその事柄。成人式だって?

 そもそも、成人式の実行委員というのは地区の持ち回りらしい。市内にいるからという理由で実行委員に選ばれて、インターフェイスの対策委員の裏でバタバタしていた成人式がもうすぐそこに迫っている。


『実行委員の苦労はうちなんかじゃわからないし、頑張れとか無責任なことも言えないぞ』

「いえ、お気持ちだけで十分です。ところで、菜月先輩の地区ではどのような成人式だったのでしょう」

『行くだけ行ったけど覚えてない』


 思えば、菜月先輩は高校以前のことを意識的に忘れようと努めていた。あまりいい思い出がないのだと。成人式も、親が行くだけ行きなさいと言ったから行っただけで行っていいこともなかった、と。

 俺も成人式の実行委員でなければ間違いなくめんどくさいと言っていた方だし、菜月先輩のことをどうとは言えないのだ。誰がどうなったとか、正直そこまで興味ないし。こーたには実行委員がそんな体たらくでどうするんだとも言われたけど。


「ここだけの話なのですが、新成人代表の挨拶をすることになってしまい」

『お前がか?』

「はい」

『と言うか、大丈夫なのか。手とか声が震えるんじゃないのか』

「ええ。それで、今から死にそうなほど圧力がかかっていて。あの、何かいい方法はありませんか?」


 壇上で、市長の前で、マイクに声を乗せて新成人代表の挨拶をしなければならない。会場にはたくさんの人もいる。そんな中で果たして俺が挨拶なんか出来るのかと。緊張して今からどうにかなりそうなのだ。

 俺は緊張に弱い。それは、菜月先輩もよくご存知でいらっしゃること。と言うか、俺は割と図太く見られている気がするから下手をすると菜月先輩にしか本当の緊張耐性を知られていない可能性がある。


『うちが緊張に弱いのはお前だってよく知ってるじゃないか。うちにそんなことを聞かれても』

「ええ、菜月先輩は毎回強い緊張を乗り越えて番組収録をしていらっしゃったことを思い出し、菜月先輩であれば何か緊張を解す良い方法をご存知なのではと」

『そうは言っても、昼放送の時はお前がいるから大丈夫だって思ってたワケだし、そんな大舞台でどうこうするだけの方法は知らないぞ』


 たまぁ~にこういうのをぶっ込んでくるんだよなぁー菜月先輩は…! 終わってから言うんだもんなー、こういうのを。


『あっ』

「菜月先輩?」

『うちに物を言うようにすればいいんじゃないか? うちに対するときのお前は、まっすぐ目を見てしっかり自分の言葉で話してるし、何より自信に満ちてるじゃないか。そうだな、今後一切うちとの待ち合わせに遅れません、的な言葉を新成人の誓いとして述べてもらおうか』


 つまり、菜月先輩に対する思いを新成人の挨拶に乗せて、市長や偉い人にではなく菜月先輩に伝えている、という体で。もちろん、菜月先輩が現地にいらっしゃるワケじゃない。だけど、そういう“体”だから。


「菜月先輩、ありがとうございます。やれそうな気がしてきました」

『そうか。あと、うだうだ考えるより本番はヤケクソで行った方がいいぞ』

「確かに。一理あります」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る