そそくさななくさ

「いいか綾瀬、ここにいるのは勝手だが、自分の身は自分で守れ」

「はい」


 雄介さんからの忠告には、強く頷いて。

 今日は春山さんの誕生日ということで、ブルースプリングのメンバーが集まってパーティーが開かれる。私はそこに声をかけられた。手土産にと持ってきたケーキはこたつ机の真ん中に鎮座する。

 かんぱーいとグラスが合わされば、春山さんと青山さんは一気にそれを空けてしまう。すごい勢い。私はそれに呆然として、オレンジ濃いめのファジーネーブルをちびちびといただく。雄介さんは淡々と飲んでいる。

 帰省中の春山さんは、とにかく飲んでばかりいたらしい。あの路上ライブの時も、そのほかの時も。朝だろうが昼だろうがとことん飲んで飲んで食べて飲んで。そうやって疲れ切った胃腸を癒す七草粥もある。


「確かに春山さんと青山さんは激しそうですね」

「単に激しいだけならいいのだが、それだけではなくてな」


 青山さん特製の七草粥をすすりながら、雄介さんは2人の何がどう酷いのかを語ってくれる。

 春山さんも青山さんもお酒には滅法強い。雄介さんもザルだけど、飲み方を考えるとこの2人はバカなんじゃないかとしか言えない、と。春山さんが青山さんの速いピッチについていこうとすると、“始まり”なんだそう。


「青山さんに対抗し出すと春山さんは前後不覚になってな」

「やっぱり強い人でもムチャするとへろへろになるんですねー」


 今も春山さんは青山さんと同じペースでガンガン強いお酒を飲んでいる。雄介さんが言うには、青山さんがいなければ同じような飲み方をしていても気分が良くなるくらいで、比較的変化に乏しいとのこと。


「そうやって前後不覚になった春山さんに青山さんが盛るんだ」

「えっ、盛るって」

「文字通りの意味だ。青山さんは隙あらば子を孕ませようとしているからな。何だったか……春山さんに似た可愛い娘が欲しいとか何とかで」


 オレにはさっぱり理解出来ん。そう吐き捨ててグラスを空にした雄介さんに新しいお酒を注いで、話の続きを引き出そうと突っつく。これまでにあったブルースプリングの飲みでも、雄介さんは何度もそういう場面を目の当たりにしてきたと。

 今はまだ春山さんの意識もはっきりしているようで、青山さんが伸ばす手を乱暴に払いのけている。って言うか分厚い図鑑みたいな本(歴史の難しい本みたい)で顔面思いっきり行ったけどあれ絶対痛いよね…!?


「痛い~! 芹ちゃんひどい~! リン君見たでしょ今の!」

「眼鏡は無事ですか」

「うん無事! って俺の心配じゃないんだ!」

「和泉ざまあ! カナコ~! 酒持ってこーい!」

「はーい、ただいまー!」


 ただいまー、と台所に向かったまではよかった。人の家の台所は勝手がよくわからない。あと、どのお酒を持って行ったらいいんだろう。冷蔵庫に冷やしてあるのでいいのかな。それとも、床に置いてある瓶類?

 どれにしようかなーと少し悩んで部屋に戻ると、この短時間で状況が変わりすぎていた。思わずゴトンと持っていた瓶を落とすほどの衝撃。あれっ? さっきまではあんなに楽しそうで、あれっ?


「ああ、綾瀬。ようやく決まったのか」

「あの、雄介さん、この状況は…?」

「見ての通りだ。青山さんが盛っている。せっかく持ってきたが春山さんはもう酒を飲むどころではないだろう。それはオレがもらおう」

「あ、どうぞ……」


 唐突に始まっていた子作りの行為。だけど、より異質なのはそれを気に留めることもなく淡々と読書をしている雄介さんなのだ。ううん、もしかしてこれが何事にも邪魔をされない精神力ということなの!?


「耐えられなくなったら機を見て逃げろよ」

「い、今のところは大丈夫です…! これも修行だと思います」

「修行?」

「精神修行です。ちょうどお粥もありますし」

「ほう?」

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