あぶく立った煮え立った
鍋が、ぐつぐつ煮えている。真ん中で仕切られた鍋には2種類のスープ。一方は普通のお出汁で、もう一方は豆乳出汁。家でやるお鍋もいいけど、今日は食べ放題コースのついたお店のお鍋。結構な贅沢。
「やっぱ伊東じゃねえと美味そうには見えねえな」
「確かに視覚的にはちょっと残念ですけど、食べたら同じですよ高ピー先輩」
「高崎先輩にやってもらうのは心理的に贅沢ですし」
「さ、食うか」
いただきますと3人で手を合わせる。今日は高ピー先輩の思いつきで鍋を食べに来ることになった。偶然通りかかったところに声をかけられたのだ。タカちゃんも同じく。アタシは2000円負担で、タカちゃんは負担ゼロ。残りは高ピー先輩の奢り。
普段、MBCCのメンバーで鍋とかご飯ってなったら大体いっちー先輩が盛りつけてくれたりするんだけど、いっちー先輩はどうしても外せない事情があったらしい。年末だし、みんなそれぞれ忙しいんだなあやっぱり。
慣れない鍋の盛りつけに悪戦苦闘しながら、何とか食べられる状態に持ってくることは出来た。次から次へと材料を注文しては、煮て食べての繰り返し。今日は純粋な食事会。お酒は二次会で飲む予定。
「高木、お前も食えよ」
「あ、はい」
「そうだよタカちゃんせっかく高ピー先輩の奢りなんだから食べなきゃ! ほらタカちゃん器貸して」
アタシは当然として、高ピー先輩も量は食べる方の人だ。だから注文量が増えるのはごく自然。アタシと高ピー先輩がどんどん食べる中で、タカちゃんは1人だけ大人しくしているように思えて。
タカちゃんはご飯を食べなさすぎる。お金がないからみたいなことをよく言ってるけど、お金がないのは食べない理由にはならないと思う。せっかくの機会なので、たくさん食べてもらわないと。
「はい。つくねサービスしといたよ」
「ありがとうございます」
「すげえな、高木が飯食ってる」
「えっ、食べますよ」
「いや、サークル後とかに食ってんのは見てたんだけどよ、改めて見ると何か感慨深いっつーか」
「そんなに食べないイメージがついてましたか」
「飯を抜いて酒飲むっつーイメージだ、どっちかっつーと」
「そうですね」
「だろ、ほら、豚肉も食え」
「あ、ありがとうございます」
タカちゃんの器には、どんどんお肉が盛られていった。アタシも高ピー先輩も、気付けば自分が食べるよりもタカちゃんに食べさせる方を優先していたように思う。寝溜めや食い溜めが出来るならいいのにね。
「高木、お前豆腐好きだろ。豆乳出汁の方で煮えてるぞ」
「え、特別好きじゃないですけど」
「前に豆腐5丁食ったとか言ってなかったか」
「ああ、豆腐の日の話ですね。豆腐は安いですし、面白いかなと思っただけで特別好きというワケではないですね。あ、でもせっかくですしいただきます」
「おう、何でもいいから食え」
タカちゃんの部屋に入り浸るようになったエージが、タカちゃんの悲惨な生活を嘆いているのを見たことがある。面倒だという理由で食事を抜くし、食費を削って酒代にすると。光熱費をケチるために毛布をかぶってウィスキーを飲むそうだ。
あんまりアタシたちがタカちゃんの器にお肉を盛りすぎていたからか、逆にタカちゃんが先輩たちは食べてますかと聞いてくる始末。タカちゃんにご飯のことを心配されるようになったらおしまいだ。
多分、そういうところでみんなに行き渡るようにバランス良くやってくれるのがいっちー先輩なんだろうなということで結論が出た。今度はいっちー先輩が一から作る鍋を食べたい、という話を。
「やっぱ飲みながら食えるのが最高なんじゃねえかと思う」
「ですよねー」
「間違いないです。外だと俺は法律に引っかかりますし」
「というワケで今度は伊東を交えて忘年会鍋だな。多分店より安くつくだろうし」
「ですよねー」
「今度やるなら参加費はちゃんと出します」
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